今日はキリンの「Sparkling Hop」を飲んだ。
以前飲んだ際には、カメムシのような香りであまりにも印象が悪く、それ以降飲んだことは無かったのだが、ラベルも替わったこともあり、久々に飲んでみた。。。
香りは思っていたほど違和感が無くなっていた。
しかしその分、味わいやノド越しには何の特徴も感じなかった。私はあの香りは駄目だったが、これでは以前のSparkling Hopが好きだった人には物足りないのではないのだろうか。
今回、キリンはもう一種類のSparkling Hopも売り出したらしい。そちらもとりあえず飲んでみようと思う。
松岡圭祐の「カウンセラー」(03年12月、小学館)を読んだ。
この作者の作品は「千里眼」シリーズも良く読んでいるのだが、テンポの良い展開と主人公が圧倒的な能力を駆使して敵と戦っていく姿がとても魅力的だ。
その千里眼シリーズでは、主人公・岬美由紀の影でどことなく「ひ弱」な印象の強い臨床心理士・嵯峨敏也が、この「カウンセラー」では大活躍を見せる。
この「催眠」シリーズでも、嵯峨は患者に惚れやすく、催眠にかかりやすいという心理士とは思えないやっかいな性格から、散々な目にあっているのだが、シリーズ3作目の本作では30歳になってようやく自分の生き方を見つけた彼が、堂々とした実力あるカウンセラーとしての姿を見せている。
ストーリーはかなりハードだ。
「その人が奏でるピアノの音を聴いただけで、その人の心境や状態がわかってしまう」という天才的な聴覚を持った女性音楽教師が、全ての家族を見ず知らずの一人の少年に惨殺される。
しかし少年は13歳だったため、少年法という囲いの中でまんまと無罪となってしまい、これに憤った音楽教師は拳銃を購入し復讐を果たす。
しかし、復讐はこれで留まらず、彼女は正義心にかられ、犯罪を犯しながら無罪となった少年達を次々と殺害し続ける。。。
そんな彼女の犯罪を、その仕草やちょっとした体調の変化から見抜いた嵯峨は、あくまで「カウンセラー」として、彼女に自分の犯した罪の重さや殺人者として生きていくことの辛さを気付かせることで、彼女を元の音楽教師へと連れ戻す。
女性教師の取った行動は当然許されるべきものではないが、「悪」そのものの少年の姿は復讐されても当然と思え、復讐に成功したくだりでは女性教師にシンクロしてしまいそうになる。。。小説の中では、この「復讐」を社会や警察すらも若干受け入れた形で表現されている。
仮に現在の日本で同じような事件が起こったとすれば、現実に社会はこうした「正義の味方」を嬉々として、英雄として取り上げる可能性があるのではないだろうか。
例えば、今回の元次官殺害犯が精神障害で無罪となったとしたら、既に風化しつつある荒川沖での無差別殺人、秋葉原の事件・・・こんな奴等が法的に罰されずにのうのうと社会に出てこれたら、これを天誅として罰する者が現れれば、いくらマスコミ等で偉そうな専門家が「理由はどうあれ殺人は犯罪だ!」と訴えたとしても、大勢はこの「殺人者」を支持するのではないだろうか。
この小説では、最後の場面で嵯峨が「人が人を裁くことが容易に行えるはずが無い。被告の人生すべてを眺めてきた天に代わる第三者の目が合ったわけではないのだ。常識、思い込み、慣例、情動、衝撃などの影響を受けずに裁きがおこなえるはずが無い。」として、「犯罪者をいかに裁くかではなく、いかに犯罪を生まないようにするかが重要だろう。・・・人の尊さを知り、思いやりを育てる。それは家族関係の中で親からこへに受け継がれていかねばならない課題のようなものだ。家族がいない人なら、家族に最も近い人間関係がその役割を担う。」と主張している。
これが作者の言いたかった結論なのだろう。
まさに正論であり、社会の人々がこの考えどおりの関係を築けるならば、世の中から犯罪など消え去るだろう。
しかし、我々はこれが綺麗ごとでしかないことを知っている。
今日もどこかで信じられないような犯罪が進行しており、明日の朝には何らかの犯罪が新聞に踊る。
音楽教師が復讐に成功するまでの過程など、ちょっとヌルい部分もあるが、小説としては非常に面白かったし、私は催眠シリーズの中では最も好きだった。
ただ、そこに含んでいる問題はあまりにも重く、最後の結論が「浮世離れ」してしまっているところにちょっとだけ違和感を感じた。。。
【11月25日の食事】
朝 : カレーライス、ラッキョ
昼 : 天ぷらそば(掻揚げ)、飲むヨーグルト
夜 : 餃子3個、ウインナー揚げ、麻婆茄子、ダイコン・胡瓜の甘酢漬け、ビール350ml、焼酎3杯、ヨーグルト、豆乳
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