書籍・雑誌

2009年8月13日 (木)

丼は宇宙だ!

昨日は禁酒日だった。
妻の作った親子丼を、思わずちょっと小ぶりの丼で2杯も食べてしまった。。。
最近は酒を抜いた日には必ずご飯を2杯くらい食べる傾向にある。これでは摂取カロリーが多すぎるよなあ。
私は丼物は大好きだ!鰻丼、牛丼、カツ丼、天丼・・・かつて「美味しんぼ」でも言っていたような気がするが、「蓋で閉ざされた一つの宇宙だ」と思う。

 

【8月12日の食事】
朝 : シロワッサン、リンゴジャムパン
昼 : 冷し中華、メンタイジャガイモサラダ、飲むヨーグルト
夜 : 親子丼2杯、野菜サラダ、豆腐のドレッシング掛け、茄子の味噌汁
おやつ : フローズンヨーグルト、グミ、のど飴

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2009年8月 3日 (月)

新宿 紀伊国屋

昨日は娘と一緒に新宿に出かけ、紀伊国屋で私の仕事関連の本と娘の読書感想文の課題図書を購入した。
午前中に家を出る際にはあいにくの雨だったのだが、家から30分程度で新宿に着いた頃にはほとんど雨も上がり、娘とともに楽しい散歩となった。

お昼は高島屋の「麗花仙」で中華料理を食べた。
娘は五目ラーメンを頼んだのだが、私はツマミ系とビールで休日の午後を楽しんだ。
熱々の小籠包がビールと良く合って美味しかった。
 
 

【8月2日の食事】
朝 : ジャムトースト、えんどう豆の冷製スープ
昼 : 冷製オードブル3種(合鴨、鶏肉、くらげ)、水餃子、小籠包、五目ラーメン、生ビール1杯
夜 : ゴーヤチャンプルー、サイコロステーキと野菜、根菜の煮物、ビール350ml、焼酎2杯
おやつ : ヨーグルト 

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2009年1月16日 (金)

千里眼シリーズ

196_2 昨日は、ウォーキング後に浜松町のレストランでビュッフェ形式の食事と赤ワインを楽しんだ。飲み放題であったことや、ビュッフェ形式だったことから、それほど期待はしていなかったのだが、流石にレストランでの食事だけのことはあり、それなりに美味しいと思える料理であった。
飲んだワインはメルシャンのフランスワイン「アート・ド・フランス」だ。
市価で買えば1000円程度のワインだが、グルナッシュやシラーを中心に作られた味わいは、価格からは想像できないくらいフルーティでコクもあり美味しかった。
1000円以内のワインといえば、サッポロ「Yellow Tail  SHIRAZ」が思い浮かぶが、この私の大好きなワインにも匹敵するのではないかと思うほどであった。もっとも適度な運動の後に飲んだのでそう感じたのかもしれないが・・・

 

松岡圭祐の「千里眼の死角」(03年11月、小学館)を読んだ。
もともと「千里眼」、「千里眼 ミドリの猿」など、これまでに何巻も発刊されているシリーズ物の一つで、この「千里眼の死角」の後も続々と新しいシリーズ作品が生み出されている。

主人公は岬美由紀という若い女性で、防衛大学校を主席で卒業後、優秀な航空自衛官となるが、ある不祥事から自衛隊を辞め、臨床心理士として活躍する。
彼女の活躍は常人離れしており、正義を貫くためには国家レベルの強大な敵にも全く臆することなく向かっていくという、まさに理想的なヒロインとして描かれている。
そんな小説だけに、時々は「そんな馬鹿な!」とふき出してしまいそうな場面も出てくるのだが、専門用語を駆使しつつ平易な表現を使うことで、分かりやすく工夫された文体によって、意外と違和感を覚えることなく読み続けることができる。

しかし、毎回強大な敵を倒してしまうことから、巻を重ねるごとに敵はさらに強く、現実離れしたものになっていき、今回は人間の脳に近づけるために作られた巨大なスーパーコンピューターとそれを操る巨大組織のボスが相手となる。。。
このコンピューターは元々米国の国防システムの中枢に位置し、世界中の空に配置した人工衛星からのレーザー光線を使って他国への攻撃や防衛を図ろうというプロジェクトから作られたものである。
通常のコンピューターであれば、敵のミサイル等を撃墜するための計算に時間がかかることからこの構想に用いることはできないが、このスーパーコンピューターは、人間の脳に近い機能を持つことによって、自らの判断で短時間で正確な攻撃が可能になるという壮大なプロジェクトである・・・

こんなシステムが悪人に乗っ取られたらどうなることか・・・
そんな悪夢のような事態が実際に発生し、世界はたった一握りの人間によって征服されてしまう危機に直面する。
これに対して、岬美由紀が様々な困難にもくじけることなく立ち向かい、最後には単身でこの強大な敵と対峙し、なんと勝利してしまう!!

まあ、ストーリー自体は荒唐無稽であるが、非常にテンポ良く進むことや、主人公をはじめ登場する人物が皆個性的に描かれているので、とても面白く、今回もあっという間に読み終えてしまった。
そうはいっても、漫画のドラゴンボールや北斗の拳のように、次々と新たな敵が出てくるようになると、ストーリーはマンネリ化し、矛盾や欠陥も気になるようになり、尻すぼみで終わりかねない。。。
このシリーズには、そんな事態に陥らないよう、そろそろ強大な敵はいらないので、別の角度から焦点を当てて、同じキャストで末永く物語りを続けてほしい。

 

【1月15日の食事】
朝 : ご飯1杯、漬物、肉じゃが、もやしスープ
昼 : ラーメン、稲荷寿司2個
夜 : 和風パスタ、白身魚のカルパッチョ、その他オードブル、ビール1杯、赤ワイン3~4杯
おやつ : クッキー2枚

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2008年11月26日 (水)

松岡圭祐 「カウンセラー」

173 今日はキリンの「Sparkling Hop」を飲んだ。
以前飲んだ際には、カメムシのような香りであまりにも印象が悪く、それ以降飲んだことは無かったのだが、ラベルも替わったこともあり、久々に飲んでみた。。。
香りは思っていたほど違和感が無くなっていた。
しかしその分、味わいやノド越しには何の特徴も感じなかった。私はあの香りは駄目だったが、これでは以前のSparkling Hopが好きだった人には物足りないのではないのだろうか。
今回、キリンはもう一種類のSparkling Hopも売り出したらしい。そちらもとりあえず飲んでみようと思う。

 

松岡圭祐の「カウンセラー」(03年12月、小学館)を読んだ。
この作者の作品は「千里眼」シリーズも良く読んでいるのだが、テンポの良い展開と主人公が圧倒的な能力を駆使して敵と戦っていく姿がとても魅力的だ。
その千里眼シリーズでは、主人公・岬美由紀の影でどことなく「ひ弱」な印象の強い臨床心理士・嵯峨敏也が、この「カウンセラー」では大活躍を見せる。

この「催眠」シリーズでも、嵯峨は患者に惚れやすく、催眠にかかりやすいという心理士とは思えないやっかいな性格から、散々な目にあっているのだが、シリーズ3作目の本作では30歳になってようやく自分の生き方を見つけた彼が、堂々とした実力あるカウンセラーとしての姿を見せている。

ストーリーはかなりハードだ。
「その人が奏でるピアノの音を聴いただけで、その人の心境や状態がわかってしまう」という天才的な聴覚を持った女性音楽教師が、全ての家族を見ず知らずの一人の少年に惨殺される。
しかし少年は13歳だったため、少年法という囲いの中でまんまと無罪となってしまい、これに憤った音楽教師は拳銃を購入し復讐を果たす。
しかし、復讐はこれで留まらず、彼女は正義心にかられ、犯罪を犯しながら無罪となった少年達を次々と殺害し続ける。。。

そんな彼女の犯罪を、その仕草やちょっとした体調の変化から見抜いた嵯峨は、あくまで「カウンセラー」として、彼女に自分の犯した罪の重さや殺人者として生きていくことの辛さを気付かせることで、彼女を元の音楽教師へと連れ戻す。

女性教師の取った行動は当然許されるべきものではないが、「悪」そのものの少年の姿は復讐されても当然と思え、復讐に成功したくだりでは女性教師にシンクロしてしまいそうになる。。。小説の中では、この「復讐」を社会や警察すらも若干受け入れた形で表現されている。
仮に現在の日本で同じような事件が起こったとすれば、現実に社会はこうした「正義の味方」を嬉々として、英雄として取り上げる可能性があるのではないだろうか。
例えば、今回の元次官殺害犯が精神障害で無罪となったとしたら、既に風化しつつある荒川沖での無差別殺人、秋葉原の事件・・・こんな奴等が法的に罰されずにのうのうと社会に出てこれたら、これを天誅として罰する者が現れれば、いくらマスコミ等で偉そうな専門家が「理由はどうあれ殺人は犯罪だ!」と訴えたとしても、大勢はこの「殺人者」を支持するのではないだろうか。

この小説では、最後の場面で嵯峨が「人が人を裁くことが容易に行えるはずが無い。被告の人生すべてを眺めてきた天に代わる第三者の目が合ったわけではないのだ。常識、思い込み、慣例、情動、衝撃などの影響を受けずに裁きがおこなえるはずが無い。」として、「犯罪者をいかに裁くかではなく、いかに犯罪を生まないようにするかが重要だろう。・・・人の尊さを知り、思いやりを育てる。それは家族関係の中で親からこへに受け継がれていかねばならない課題のようなものだ。家族がいない人なら、家族に最も近い人間関係がその役割を担う。」と主張している。

これが作者の言いたかった結論なのだろう。
まさに正論であり、社会の人々がこの考えどおりの関係を築けるならば、世の中から犯罪など消え去るだろう。
しかし、我々はこれが綺麗ごとでしかないことを知っている。
今日もどこかで信じられないような犯罪が進行しており、明日の朝には何らかの犯罪が新聞に踊る。

音楽教師が復讐に成功するまでの過程など、ちょっとヌルい部分もあるが、小説としては非常に面白かったし、私は催眠シリーズの中では最も好きだった。
ただ、そこに含んでいる問題はあまりにも重く、最後の結論が「浮世離れ」してしまっているところにちょっとだけ違和感を感じた。。。

 

【11月25日の食事】
朝 : カレーライス、ラッキョ
昼 : 天ぷらそば(掻揚げ)、飲むヨーグルト
夜 : 餃子3個、ウインナー揚げ、麻婆茄子、ダイコン・胡瓜の甘酢漬け、ビール350ml、焼酎3杯、ヨーグルト、豆乳

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2008年10月21日 (火)

影踏み

昨日は大山甚七商店の「問わず語らず名も無き焼酎」と霧島横川酒造の「蒼天の煌」を飲んだ。焼酎を飲むのは随分久々だったので、恐る恐ると言う感じだったのだが、それぞれの美味しさを満喫することができた。
昨日は、先週からずっと飲み続けてきた薬を飲まなかったので、何らかの症状が悪化するかと思ったのだが、夜もゆっくり休めたし、仕事もきっちりできたので、どうやら完全復活できたようだ。後は家族にうつっていないことを切に望む。

 

横山秀夫「影踏み」(祥伝社、07年3月)を読んだ。
この作者の作品は、これまで何度も読んできているのだが、今回は泥棒を主人公とした、一風変わった小説だ。
主人公は忍び込みのプロ泥棒・真壁修一なのだが、彼の心には精神を病んで放火した母とともに焼け死んだ双子の弟の魂が宿っており、まるで多重人格のように、お互いに話し合いながら様々な事件に巻き込まれることになる。

全7作の短編からなるこの物語は、ヤクザや様々な生業を持つ泥棒が現れ、その世界の暗さを照らし出している。作者は、どうやってこんな生々しいシチュエーションを調べ上げたのだろうか。。。
これまでは、どちらかと言うと、逮捕する側・司法の側からの視点での作品が多かったので、この作品は結構異色という印象を覚えた。

それでもストーリーは凄く面白かった。行き帰りの電車の中で読んだのだが、いつもなら何時間にも思える電車の中が、あっという間に過ぎ去ってしまった。
凄腕の泥棒というと、私の中では赤川次郎の泥棒シリーズの主人公・今野淳一を思い出す。
今回現れる主人公も、その意味では一匹狼で、スゴ腕の実力を持った泥棒だ。
しかし、完璧な実力&頭脳で、窮地に陥ることがほとんどない今野とは逆に、ヤクザに吊るし上げられボロボロになったり、サンタクロース役として忍び込んだ家から脱出する際に、警官の影に怯え怪我をしたりと、かなり親近感がある存在だ。
しかし、彼の推理は深く正しく、身の回りで起こる些細な事件をきっかけに、様々な問題を解決していく。
泥棒ということで様々な弾圧を受け、愛する人とも距離を置きながら生きる一人の中年男性が這いつくばりながら堂々と生きている姿は何となく感動を覚える。

一つ一つの作品は、伏線や落ちがしっかりと組み込まれており、見事な出来上がりとなっている。短編集ながら、最後まで主人公は変わらないので、読み終えると中長編を読んだような感覚を覚える。
頭に住み着いた弟と話しをしながら事件を解決に導く姿は、すっきりとしていながらも「その解決で本当に良かったんだっけ?」という疑問を覚えることも多い。
最終的にはどうなるんだろう・・・物語の途中ではそんな疑問が何度も思い浮かぶが、弟の死の真相が最後に明らかになり、悲しいながらも、何となくハッピーエンドを期待させるような終わりは、流石に作者の力量だ。

ただ、イチファンとしては、是非この作品の続編を作ってほしい。
心に病?を抱えた泥棒の主人公はインパクトがあり、この作者の作品にしては「こじんまり」としながらも、強く心に訴えてくるものがある。人情味に溢れる一作であった。

 

【10月20日の食事】
朝 : 白米1杯、味噌汁、サンマ干、漬物
昼 : ラーメン、飲むヨーグルト
夜 : ブリの照り焼き、野菜の煮物、キャベツと胡瓜の浅漬け、焼酎2杯、オカキ1袋

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2008年10月19日 (日)

嗤う伊右衛門

昨日も石本酒造の「越乃寒梅 特別純米酒 無垢」を飲んだ。
前日よりも若干量を増やし、1合程度飲んでみたのだが、体調が悪化することは無かった。ようやく回復基調に入ったようだ。
できるだけ早く風邪をひく前の状態に戻して、仕事に、家庭に頑張っていきたいと思う。

 

「嗤う伊右衛門」(03年、日本)を観た。
有名な「四谷怪談」を京極夏彦がアレンジした作品で、主役の唐沢寿明・伊右衛門と小雪・お岩が秀逸な演技を見せている。二人以外にも、椎名吉平や香川照之など実力派が脇を固めており、非常に重厚感のある出来上がりとなっていた。

四谷怪談と言えば、「悪党」伊右衛門がお岩を殺害し、それを怨んだお岩が怨霊となって復讐を果たすというおどろおどろしいストーリーであるが、この作品では伊右衛門は非常に真面目で優しい武士という設定だ。
ただし伊右衛門は、無口で融通が利かないので、社会的にも浮いてしまい、お岩に対しても深い愛情を抱いているのに衝突を繰返すことになってしまう。お岩も、強さと正しさ故になかなか社会と交わることができず、疱瘡?で顔が崩れてしまってからは、その傾向に拍車がかかり、少し歪んだ性格となってしまい、こちらも伊右衛門を愛しているのに歪な形でしか、それを表に出すことができない。
そんな二人のすれ違いの愛情は、見ているだけでイライラさせられるし、そんな関係を利用して二人を不幸に陥れる伊藤喜兵衛の悪党ぶりが際立つことになる。

このように、この作品は、そもそもの基本設定からして、これまでの常識を完全に覆す展開であり、四谷怪談を観ているというよりも、何か新しい怪談を見せ付けられた気分だ。
ただ、内容自体は非常に面白く、2時間を超える映画だったにも拘らず、あっという間に観終えることになった。
何と言っても、主役2人の鬼気迫る演技に圧倒された。特に唐沢寿明は、それほどセリフが多い役どころではなく、表情も常に硬いままの役どころなのだが、その発する雰囲気で悲しみや、怒り、喜びを上手に表現できていた。小雪は反対に、強い感情を示す役柄であったが、伊藤の悪巧みを教えられ夜叉のような表情で駆け出す場面は、伊右衛門への思いと伊藤への怒りにより、抑えていたものが一気に爆発するという、狂気ぶりが強く伝わってきた。
さらに椎名吉平の悪役ぶりも見事だった。。。ただ、小説に出てくる伊藤喜兵衛はモット歪んでいて、モット嫌な奴に思えた。映画なので仕方が無いと思うが、伊藤と伊右衛門・お岩との絡みをもう少し増やした方が、伊藤の悪党ぶりが際立つことになったのではないか。

その三人の絡み以外にも、説明が足りない部分は多かった。
私は先に小説を読んでから観たので、細かな部分まで大体理解することができたが、小説を読んでいない人には、理解するのが難しい部分もあると思う。
特に最後のシーンで、なぜ家が壊れているのか理解することは、まず無理だろう。
私の妻は「伊右衛門が家を燃やしてしまったの?」と言っていた。これは、隙間があると蛇やねずみが湧くので、そうした隙間をなくすために、伊右衛門が少しずつ家を壊したものであるが、そうした背景についてなんの説明も無い。

また、又市や直助が何のために伊藤家に乗り込んだのか、それからどうなったのかという所も、非常に粗い取り上げ方をしているので、お梅と伊藤、民谷家の関係や、直助の妹がなぜ誘拐されたのかという部分がほとんど理解できないのではないだろうか。
京極夏彦の作品を映画にすると、元の小説が非常に長く、複雑であるため、こうした説明不足が生じる傾向が強いように思える。

この映画自体は、細かいところを気にせず観れば、大体のストーリーをつかむことはできるが、伊右衛門とお岩の愛情をより深く理解するためには、是非最初に小説を読んでから観ることを薦める。

 

【10月18日の食事】
朝 : タマゴとレタスのサンドウィッチ、カフェオレ
昼 : 白米1杯、ハンバーグ、キムチ
夜 : 刺身(イカ、サンマ)、ピーマンと牛肉炒め、野菜の煮物、日本酒1合、みかん、ヨーグルト

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2008年10月 9日 (木)

夢にも思わない

156昨日は長野県ヤッホー・ブルーイング「よなよなエール」を飲んだ。
華やかなホップの香りも、茶色かかった色合いも、いかにも地ビールという感じで、一歩間違うと野暮ったい、臭みのあるビールになってしまうところだが、このビールは美味しかった。
確かにラベルでも謳っているように、「香りが命・・・」なのだろう。ちょっと強めだが、食欲をそそる透明感のある香りが広がる。
色合いから、かなりコクが強いのかなと思ったが、それほど苦味もなく、果実のようにフレッシュで、意外とすっきりとした味わいだった。
ちょっとデザートっぽい雰囲気ではあるが、たまに飲むには楽しいかな。

 

宮部みゆき「夢にも思わない」(02年11月、角川文庫)を読んだ。
今まで、いろいろとこの作者の作品は読んできたが、今回は意外なほど軽めのタッチで、あっという間に読み終えた。
模倣犯やブレイブ・ストーリーなどの重厚で、じっくり読ませる長編とは大きく異なり、まるで赤川次郎や宗田理の小説を読んでいるような錯覚に襲われた。

ストーリーは、殺された一人の女性を巡って、主人公の中学生と彼の友人達が繰り広げる謎解きモノであり、平凡な主人公に対して、頭脳明晰な親友との友情が一つの中心線となっている。
ただ、この作品はシリーズ物だったらしく、所々で出てくる前作の残り香が、妙にまどろっこしい。。。読んでない私が悪いのだが。

非常に軽妙な展開なので、物語は非常に読みやすく面白いのだが、他の作品で感じたような1行1行をしっかりと読み解いていくような感動が無い。
特に最後の「どんでん返し」に当たる部分は、あまりにもあっさりとしているし、怪しげな雰囲気を感じていた主人公と恋人の関係が、簡単に崩れてしまったりして何ともつまらない。
いくら中学生だと言っても、大好きだった恋人のちょっとダークな部分が見えたからと言って、そんなに急激に醒めてしまうだろうか。

この作者の作品は、時に屈折したりするものの、最終的には常に主人公が熱く、真っ直ぐなところが私は好きなのだが、この小説の主人公は、最初から最後まで妙に屈折しており、真っ直ぐでないところが腹が立つ。
恋人の悪いところが見えたとしても、そこから二人で解決していく道を探していくようなラストにして欲しかった。
私の大好きな作者であるのだが、今回の作品は、途中まで非常に楽しく読めるのだが、最後で非常に後味の悪い思いを感じることになった・・・

 

【10月8日の食事】
朝 : 混ぜご飯1杯、漬物、味噌汁
昼 : 坦々面、稲荷寿司2個、飲むヨーグルト
夜 : 混ぜご飯2杯、ポテトサラダ、野菜サラダ、チンジャオロース、キムチ、ビール350ml
おやつ : エビ煎餅

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2008年9月19日 (金)

リアル鬼ごっこ

昨日は半分フォーマルな会合で広尾のレストラン・アクアパッツァに行った。
野菜を温かいソースに付けて食べるバーニャカウダに始まり、様々な野菜やアワビの身の入った斬新なヴィシソワーズ、そして魚の美味しさを活かしたこのレストランの由来でもあるアクアパッツァと、いずれも素材の素晴らしさを上手に引き出した最高の料理だった。
そして、おかげで酒量も増え、ワインを相当飲んでしまった・・・
ラベルを確認できなかったのが残念だが、いずれも美味しいワインだった。

「リアル鬼ごっこ」(07年、日本)を観た。
山田悠介の原作を映画化したもので、最近かなり活躍が目立ち始めた谷村美月がヒロニン演じている。主役の石田卓也は「誰だっけ?」という感じだったが、以前見た「グミ・チョコレート・パイン」の主人公の少年だった!

原作は読んだことは無かったが、結構面白かった。
ストーリーは、妹(谷村)の超能力によってパラレルワールドに飛ばされた佐藤翼(石田)が、その世界で行われていた「リアル鬼ごっこ」に巻き込まれ、何度も窮地に陥りながらも多くの犠牲の上に、全ての元凶である「王」を倒すというものだ。

そもそも題名の「リアル鬼ごっこ」が何か、というところが非常に気になるところだが、ホラーということもあり、予想通り「捕まれば殺される」という展開だった。
しかし、その理由が「『王』と同じ苗字の佐藤さんが多すぎるので減らしましょう」というのは笑えた(もっとも、最後には本当の理由が明かになるのだが・・・)

この作者の作品全てに言えることだが、非常にテンポが良く、読んでいて・観ていて飽きることは無い。今回も展開の広がり方が結構意表を付いており、予想もできないような展開が次々と繰り広げられるので、一気に観ることが出来た。

ただ、これまたこの作者の特性かもしれないが、ディテールでの辻褄が合わないところや、最後の結末が非常に中途半端だったのが残念だった。
特にパラレルワールドの描き方は途中までそれなりの説得力を持っていたのだが、最後のシーンが「それは、ちょっと無理があるだろう?」という終わり方で、完全に破綻してしまっているように感じた。
また、鬼ごっこのルールが綿密な感じではなかったのも気になった。車に乗って逃げるのが駄目な割には、建物に逃げ込むのはいいんだ・・・完全に防備すれば、所詮鬼ごっこの時間は限られているのだから、逃げ切るのは簡単じゃないのだろうか???

・・・などなど観終って見ると、いろいろと気になる部分はあるのだが、それでも「親指さがし」に比べればずっと面白かった。
図書館では人気が高いようで、なかなか借りれないが、原作も読んでみようと思った。

 

 

【18日の食事】
朝 : スープかけご飯、漬物、梨
昼 : 天ぷらそば(蓮根、ナス、ピーマン)、飲むヨーグルト
夜 : バーニャカウダ、カルパッチョ、ビシソワーズ、リングイネ、アクアパッツァ、マスカルポーネのスープとマルサラレーズンアイスクリーム、ビール、シャンパン、白ワイン・赤ワイン各2~3杯、シェリー、カンパリオレンジ

おやつ : 赤福、いちごのシュークリーム

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2008年9月12日 (金)

水底から君を呼ぶ

今日は禁酒日だ。
先週に引き続き、今週も酒を抜くことができた。今月初めに立てたばかりの目標「週に1回の休肝日を設ける」はきっちりと守れている。
これに加えて、最近はようやく筋トレ&ストレッチもするようになった。。。と言っても、寝る前に、腹筋、腕立て。スクワットを各10回程度、その他軽いストレッチを5分程度しているだけなので、あまり効果が出ているとは思えないが・・・
いずれにしても、体重は一向に減る気配は無い。しかも、ここ10日程度日本酒と焼酎しか飲んでいないため、明日はワインを飲むことに決めている。。。
これで本当に体重3キロ、腹囲3㎝減を達成できるのだろうか。ちょっと不安になってきた。

 

大石圭「水底から君を呼ぶ」(06年9月、光文社文庫)を読んだ。
この作者の作品は以前「1303号室」を読んだことがあるが、ちょっと曖昧なところもあるが、結構怖くて面白いホラーだった。

その印象で今回の作品も借りたのだが、前作よりは面白く無かった。
ストーリーはそれなりに良く練られている。
「子供の頃から不幸を背負って生きてきたような美しい女性が、生まれて初めて心から愛せる男性に出会い、結婚を直前に迎えたところで、その男性に横恋慕したある女と3人の仲間に殺害される。
男性はその後、そんな事実を全く知ることも無くその女と結婚するが、まもなく加害者の4人は、次々と殺された女の怨念によって理解不能な消失を遂げる。
失意の男性は、妻の消失の謎を追いかけて、やがて真相にたどり着き愕然とすることになる。。。」

一番気になったのは、男性の妻になる女とその仲間3人の死ぬ順番だ。
普通に考えれば、仲間が次々と殺されていって、最後に最も重い罪を負う「妻となった女」が、恐怖に慄きながら殺されていく。。。というのが定番なんだろうが、この作品では仲間の1人が早々と殺された後、3年も経ってから、いきなり妻となった女が殺されてしまう!
そして、生き残った2人の仲間から、男性は次々とヒントを貰って真実を明かにしていくのだが、ほとんど苦労もせずに情報を次々と入手してく姿はあまりにも予定調和だ。

「ある条件が満たされないと、復讐は果たされないのだろうか?」と思うと、仲間の一人は家のお風呂で殺されているので、いつでも恨みは晴らせそうだ。
多分作者は、怨霊となった女が男性に真実を知らせるために、そんな手の込んだことをしたのだと伝えようとしているのかもしれないが、残念ながら全くそんな風には読めない。

最後のシーンでは、男性が殺された女の沈む海へ入っていき、女と再会を果たすことになる。男性も死んで終わるのかと思いきや、物語の終章は意外な展開を見せる。
作者が物語りを通じて、ずっと強調してきた「殺された女の特徴」が男性に焼き付けられて物語は終わるのだが、せっかく苦労して温めてきたこの伏線は、物語を綺麗に終わらせることはできているが、ちょっと不満も残る。
なぜなら、殺された女がどんなつもりで、その特徴を男性に残したのかが、非常に分かりにくく表現されているからだ。
女はその特徴が好きでは無かった。そんな特徴を男性に残したのは、自分を殺した女と結婚したことへの恨みなのか、それとも自分以外は愛さないようにとの強い要求なのか、それとも単に自分の思い出を忘れないでとの悲しい思いなのか・・・

これだけ読者にいろいろと考えさせるストーリー展開というのは、逆に見事であり、作者の狙いに見事はまってしまったのかもしれないが、私としては、何となく、モヤモヤとした思いを抱えて読み終えることになった。

 

【11日の食事】
朝 : 白米1杯、味噌汁、鮭の味噌漬け、胡瓜のサラダ
昼 : 天ぷらソバ(インゲン、サツマイモ、鱚)、飲むヨーグルト
夜 : 白米1杯、ホワイトシチュー、トマトとレタスのサラダ、キムチ、ヨーグルト、豆乳
おやつ : クッキー1個、ミンティア10粒くらい

9月12日(金) 1時30分現在 体重:73㎏、腹囲:89㎝

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2008年9月 2日 (火)

魍魎の匣(小説)

今日は新潟県 丸山酒造場の「雪中梅」を飲んだ。
大好きなお酒なのだが、今日は会社の保健指導で、メタボリックを解消し、健康づくりをするために「週1回は休肝日を作る」という目標を立ててきたばかりなので、ちょっと心苦しい。
ただ、雪中梅の甘くすっきりした味わいと妻の作った「シメサバの大場と茗荷和え」で楽しい時間を過ごすことができた。

 
 
京極夏彦の百鬼夜行シリーズ「魍魎の匣」(講談社、95年1月)を読んだ。
700ページ近い厚さで、上下2段組のかなり読みがいのある本だったが、読み出すと止まらなくなった。

既に映画では観ていたので、それほど目新しい部分はないだろうと思っていたが、映画ではこの小説の半分も描けていなかったことが良く分かった。
姑獲鳥の夏」では、ストーリーテラー・関口君の背景や感情が描けておらず、理解するのが難しかったが、本作では木場修の生きてきた人生や感情が重要な役割を持つこととなる。映画では、これがほとんど描かれていなかったが、小説を読んでようやく理解することができた。端役のようにしか思ってなかったが、思い切り重要な役柄ではないか!
雨上がり決死隊・宮迫も、この小説を読んでからであれば、単に粗暴で、無鉄砲な印象だけしか残すことはなかっただろう。

また、小説では「御筥様事件」、「バラバラ殺人事件」、「柚木加菜子絡みの事件」、「美馬坂博士絡みの事件」が、見事なまでに一連の流れの中で結びついているが、映画ではこの結びつきが良く分からないままに終わってしまっている。
特に最後のシーンが「久保の最後=建物の崩壊」としてしまったが故に、非常に曖昧な終わり方になってしまっている。そのおかげで楠本頼子が、本来なら久保が負うはずだった、猟奇的な役柄を演じることになってしまった。

今回、小説を読むことで、映画では様々に理解ができなかった事柄が全て解決に至った。もしも、映画だけ観て不満に思っている人がいれば、絶対に小説を読むべきだ。
更に言えば、小説を読んでから映画を観た方が、ずっと満足感は高いと思う。
多少の違いはあるものの、基本的には映画は小説をベースにしているので、小説を読んでから映画を観ることで、映像の美しさを堪能しながらストーリーを理解することができるため、充足感は高い。これは「姑獲鳥の夏」も同様だ。

それにしても、このシリーズは面白すぎる。
思わず、第3作目である「狂骨の夢」を借りてきてしまった・・・
また眠れない夜が続きそうだ。

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2008年8月28日 (木)

ハリー・ポッターと死の秘宝

今日は禁酒日だ。
随分久しぶりだなあと思って振り返ってみると、7月30日以来、酒を抜いた日が無かった・・・しかもこの間、群馬に帰った時期をピークとしてかなりの酒量を飲んでいた。
おかげで、体重も夏場の痩せやすい時期だというのに、過去最高に近いところまで近づいているようだ。。。
まもなく、夏が終わり「食欲の秋」がやってくるので、それまでに一旦体重を落とし、体調を整えるないといけないなあ。。。

 

J.K.ローリング作「ハリー・ポッターと死の秘宝」を読んだ。
言わずと知れたハリー・ポッターシリーズ最終話だが、なんとも微妙な終わり方だった。

日本でこのシリーズが発売されたのは99年のことだが、私がこの本を読み始めたのは今から5~6年前、広島県に住んでいた頃だ。
あまりのブームに、一度読んでみようとは思ったものの、購入するつもりは無かったので、図書館で借りられるようになるまで待っていたものだ。。。その後、常に発売からしばらく経ってからだが、一応全て読んでいる。

やはり一番インパクトがあったのは第一作だろうか。
闇の魔法使いヴォルデモートから唯一生き残った悲劇の英雄ハリーポッターが、いかにも悪役面のおじさんやおばさん、そしていじめっ子の従兄弟「ダドリー」という人間界での敵役から逃げ出し魔法学校「ホグワーツ」に入学。
入学してからも、ライバルのドラコや悪役の教師スネイプといった明らかな敵役が現れ、最後にはヴォルデモートの使いであるクィレルとの対決もあり、最初から最後まで明確な「悪」と「善」が対比されている。このため非常に分かり易い展開になっており、ポッターの胸がすくような活躍も清々しくて嫌味もそれほどなかった。

しかし、清々しかったポッターが作を追うごとに、屈折した、嫌味な少年に変わっていく。
また、周りの大人や友人達も、少しずつ変化を見せていく。
それは、人間が少しずつ成長していく軌跡を描いているのだろうし、非常に現実味、真実味に溢れた描写であった。これが、この物語が世界中で好まれている要因の一つなのだろう。。。

しかし、私はあまりにも生意気で、嫌味で高飛車なポッターの態度は好きではない。特に人の言うことをまるで聞かず、自分の思い込みだけで暴走して人に迷惑をかける姿は、子供らしいという範疇を超えており、単なる「自己チュー野郎」にしか思えない。
だから、1作目以降はほとんど記憶にも無く、今回の最終巻を読む際にも、前回の終わりがどうなっていたか思い出せず、物語に入り込むまでに時間がかかった。

今作では、最後だけあって、大規模な戦いが何度も繰返される。
当然最強の魔法使いとの対決になるので、周囲の大事な人々が次々と死んでいく中、ポッターは、例によって毎回運よく逃げ切り、最後は、何だか訳の分からない展開の中で勝利を納める。
これまでもそうした傾向はあったが、彼らの戦いの結末は疑問附が付くことが多い。シリウスもそうだし、ダンブルドアもそうだった。
そんな中で、スネイプの死だけは、なかなか良く出来ていた。これまでの展開で「隠れ善」なのか「やっぱり悪」なのかはっきりしなかった彼の人生が、ようやく明らかになる。
「愛情」が強いが故に不幸な人生を歩まざるを得なかった彼には同情せざるを得ない。物語を通じて、唯一、読み返した部分だった。

それ以外については、これまで同様の印象だ。相変わらずポッターは素直じゃないし、人の話を聞かないので腹が立つし、いろいろな話がゴチャゴチャと詰め込まれている感じなので、読み終わってもあまり記憶に残らない。。。といろいろ文句は言いつつも、四巻以降は全て購入して読んでいることからも、自分でも知らない間に意外とハマッテいるのかもしれないが・・・

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2008年8月19日 (火)

姑獲鳥の夏

133 今日はAsahiの「本生 AQUA BLUE」を飲んだ。
糖質50%オフの発泡酒で、以前飲んだ時に、薄い味しかなく、匂いは海草臭さを感じたことから、それ以来飲んだことはなかったのだが、「爽快、キレアップ!」とあったので、久々に買ってみた。
確かに以前よりは美味しく感じられた。
「薄い」というイメージは前に飲んだ時と変わらなかったが、とてもスッキリしていて、「キレアップ!」というのは実感できた。
以前感じた海草臭さもなくなっており、これなら暑い日の最初の一杯としして飲むにはちょうどいいかなあと感じた。

 

京極夏彦の「姑獲鳥(うぶめ)の夏」(講談社、98年3月)を読んだ。
先月、映画の「魍魎の匣」を観たのだが、物語の背景や人間関係がほとんど分からなかったので、全く面白さが分からなかった。
しかし、ストーリー的には面白そうだったので、シリーズの第一作であるこの作品を読んでみたものだ。

凄く面白かった。
400頁を超える分厚い小説だったが、たった一日で読み終えてしまった。
映画・魍魎の匣ではほとんど感じ取ることが出来なかったが、登場人物のキャラクターが見事だ。
理屈っぽく無愛想であるが論理的で明晰な頭脳を持つ「京極堂」、人の過去が見えてしまう適当な探偵「榎木津」の二人は図抜けているが、小心者で凡人のストーリーテラー・関口にしても、キャラクターが見事に作りこまれており、これらの登場人物が普通に会話をしている場面だけを読んでも、なんだかユーモラスな雰囲気を感じる。

もちろん、脇役=犯人や被害者達も非常に個性的だ。
物語の中心人物となる美しいがどこか陰のある久遠寺姉妹やその両親、久遠寺家に住み込む医師見習い・内藤、利発だがちょっと生意気な京極堂の妹・敦子など、みな一癖も二癖もあるようなキャラクターばかりだ。

物語は、妊娠して20ヶ月間子供が生まれてこない久遠寺梗子(妹)の夫・牧朗が密室から消え、その捜索を、榎木津と関口が久遠寺涼子(姉)から依頼されるところから本格化する。
なぜ、牧朗は密室から消えたのか、なぜ久遠寺梗子の子供は生まれてこないのか・・・これ以外にも、ストーリーが進むにしたがって、どんどん謎は増え、混迷が深まってくる。
ただ、その中のいくつかの謎については、読み進むに従い、何となく想像できてしまい、「なんでそんなことに気付かないのだろうか??」と疑問を覚えた。

そして、物語後半で京極堂による種明かしが成された時、やはりその想像は的中する。
しかし、そんな想像は、奇怪で劇的で、圧倒的な結末の前にはなんの意味も無かったことを知る。それほど、この作品は見事に様々な伏線を繋いで結末に導いている。

この作品は、SFチックで、ちょっとホラーの要素を持ったミステリーであるが、読み終わった時には、もっといろいろな種類の小説を読んだような感覚にとらわれた。
今は小説版の「魍魎の匣」を読んでいる。第一作よりも300頁も多く、読み応えのある作品だが、これも面白い。映画よりも数段面白いのではないだろうか。。。
もちろん、映画版の「姑獲鳥の夏」も見てみようと思っている!

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2008年8月12日 (火)

のだめカンタービレ ♯21

今日はアサヒの「贅沢日和」、残っていた永昌源の「老酒」、㈱無手無冠の栗焼酎「ダバダ火振り」を飲んだ。
昨日は、今日の会議に備えてあまり飲まずに寝たので、その反動でいろんな酒を飲みたくなってしまった。。。おかげで結構フラフラだ。
今週は、世の中はお盆休みなので電車もガラガラだし、仕事も他部署からの問い合わせ電話等が少ないので、たまっていた仕事を伸び伸びとすることができる。
仕事が順調に進むので、いつもよりもずっと早く帰ることができ、テレビで流れ続けているオリンピックを見ながら酒の量も進んでしまう・・・まさにワークライフバランスが実現しているような気もするが、健康的な食生活のおかげで、夏なのに体重が増えるのではないかとの恐怖に慄いている。。。

 

今日は「のだめカンタービレ ♯21」の発売日だった。
前巻の最後で、千秋と二人だけの合宿生活?に自ら区切りを付けようとするのだめ。
そこには、自分よりも数歩先へと進んでいる千秋への苛立ちと、彼になかなか追いつけない自分への焦りが見え、その後どんな展開を見せてくれるのか心待ちにしていた。

今作では、これまでに無かった急展開を見せる。
ただ、ストーリーの流れ自体はそれほど急激ではなく、前作で公演が決まった千秋とRuiが共演するコンサートまでの過程と、相変わらず進化を続けるのだめの日常を描いているだけである。

急展開を見せるのは、のだめの内面における変化だ。
これまで自由気まま、子供のままに生きてきたのだめが、千秋とRuiの演奏を通じて、これまでに見せなかったような表情、態度を見せる・・・
それは、自分の見せたかった世界を二人に演じられてしまったが故に、それまで必死に頑張ってきた精神力の崩壊する姿なのか、それとも単に千秋を純粋に愛するが故の落胆なのか・・・

その鍵は、最後の数ページで急転直下を見せるシュトレーゼマンとの絡みで明らかになった・・・のか?いったい彼は何を考え、のだめに何をさせようとしているのだろうか。

そして、千秋とのだめの関係は?
Ruiは今後どんな役割を果たすのか?
オクレール先生は一体何を考えているのか?
そして、今回全く姿を現さなかった峰と清良、黒木はどうなっているのか?
などなど、またもや次巻への期待を熱くさせる終わり方であった。

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2008年8月 7日 (木)

看守眼

125 今日は妻と娘が実家から帰ってきた。
お土産に買ってきた土手鍋と鶏肉の燻製をツマミにビールと焼酎を飲んだ。やはり名古屋の名産品にはビールと焼酎が良く合う。
今日飲んだビールは、岩手県東日本沢内総合開発㈱の「銀河高原ビール ペールエール」だ。青いラベルの銀河高原ビール自体は良く見るが、このラベルのビールは初めてだった。思った以上にフルーティで甘いコクのあるビールだった。
とても美味しいビールではあるのだが、非常に繊細な味わいであるので、土手鍋にはちょっと負けてしまったかも知れない。。。焼酎の方が土手鍋の旨味がじっくりと味わえた。

 

横山秀夫の「看守眼」(実業之日本社、07年7月)を読んだ。
この作者の作品はもう何作も読んでいるが、しっかりと練りこまれた作風が私は大好きだ。
今回読んだ作品は、以前読んだ「真相」と同様、6編の作品からなる短編集だ。
登場する主人公は、県警の事務職員、フリーライター、家裁の家事調停委員など、普通の刑事は一人として出てこない。
登場人物は、それぞれが何かしらの悩みを抱えており、普通の生活の中で大小様々な事件に巻き込まれる。彼らは皆一様に小心者で、それでいてプライドが高く、虚栄心に満ちている。。。

「何でそんな行動を取るのかなあ」と思えるような場面もl多いのだが、それが6編を全て読み終えた頃には、そこに映っているのは「まるで自分ではないか」と思うような普通の社会人の姿だった。

ここに出てくる主人公達は、人生に多少の不満を抱えながらも、皆真面目に普通の生活を送っている。しかし、そんな生活にほんの少しだけ異変が生じて、それが普通だった人生を大きく変化させる原因となる。
例えば、2話目の「自伝」に出てくるフリーライターは、突然300万円で「自伝」のゴーストライターを依頼されるが、依頼主の過去を聞いていくにつれ、自らの過去にその人物が大きく係わっていることを知る、、、彼の前にはいくつもの選択肢が示されるが彼が選んだ道は・・・
また、第三話「口癖」の主人公である家裁の家事調停委員は、それまで真面目に公平に自らの仕事をこなしてきたが、たまたま自分が担当する事件の申立人が、かつて自分の娘を虐めていた相手だったことから、感情的な対応をとってしまう。しかし、一時の感情による行動が、埋もれていた娘の過去や自らの愚かさを明かにしてしまうという結果を招くことになる・・・

このように、この小説は非常に面白いのだが、一方で非常にシニカルで、読み終わった後に一抹の苦味が残る。
この小説にあるようなことは、我々の誰にでも起こりうることなのかもしれない。
犯罪とは関係はないが、自分の家庭や自分の内面が壊れるような事件の芽は、意外と小さく、しかし意外と近くに潜んでいるのかもしれない。

一つ一つの作品は、「こんなこと起こるわけ無いじゃん」という話の連続にも思えるが、これを6作続けて読み終えた後には、「自分にも起こるかもしれない」という底知れぬ恐怖感を覚えた。
さすが横山秀夫と思うに十分な短編集だった。

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2008年7月31日 (木)

PLUTO

121 今日はエビスの「サ・ホップ」を飲んだ。
本当は今日も酒は抜こうかと思ったのだが、折角の誕生日に何も飲まずに終えるのはちょっと寂しかったので、私の大好きなエビスシリーズから香りの爽やかな緑エビスを選んだ。
エビスならではのコクがあるのに、意外と軽く飲めるのは、空けた瞬間にフワッと広がる柔らかで、ビールらしい香りのおかげだろう。
娘から心のこもった手紙ももらえたし、まあ満足できる誕生日だった。

 

浦沢直樹の「PLUTO」(小学館、08年7月)を読んだ。
全く正体の分からないプルートに第4巻ではアトムまでがやられてしまい、前巻では格闘世界一のヘラクレスも敗れてしまった。
いよいよ残るは光子力のエプシロンとゼロニウム合金のゲジヒトだけだったが、今回、そのうちの一人が不可解な死に方をしてしまう。。。

この作品は、もともとは手塚治虫先生の「鉄腕アトム 地上最大のロボット」をベースとしているので、大体の流れと結末はある程度分かっているので、今回の展開も予想できなくは無かったが、その死に方は手塚先生の原作からは大きく異なっている。

この流れだと、次号で残った一人とプルートとの戦いが描かれ、最終的にはプルートと復活したアトムの決戦になりそうだが、実は原作ではこの2人の決着は付いていない。。。しかも、今巻でもアトムは眠りについたまま未だ復活しておらず、この先の展開はなかなか読みづらい。
そもそも原作では、アトムがプルートに敗れるという展開ではないし、むしろプルートはアトムとウランによって善の心を手に入れることになる。
しかし、原作どおりでは、プルートは最終的に悲しい結末を迎えることになるので、このストーリーをどのように浦沢直樹が纏め上げるのか非常に楽しみだ。ここまで自分のストーリーとして創り上げた以上、原作を知っている者にとっては「えー」と思えるような結末もありではないだろうか。

いろんなロボットが出てきて、プルートと戦い敗れていくという単純なストーリー展開だった原作と比べて、この作品ではそれぞれのロボットの個性や背景が色濃く描かれ、相当複雑で深い話になっている。
今巻では、プルートが何者か、誰によって作られたのか徐々に明かになってくるが、未だに犯人の目的など、深い謎は残っており、この時点からでも、様々な展開が可能だ。

どのような結末になるかは分からないが、とにかく早く続きが読みたい!

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2008年7月22日 (火)

魍魎の匣

116 今日は「カルロ・ロッシ カリフォルニア・レッド」を飲んだ。
もっとも、肉を焼く際に使った残りだけなので、グラス1杯分程度だったのだが、まあ甘ったるくて、後味が悪く、イマイチだった。
妻に言わせると、サングリア等に使うワインだということだ。。。
確かにそれなら、この人工的な甘みや酸味も中和されるかもしれない。
まあ、私は好んで飲むことはないだろうが・・・

 

「魍魎の匣」(07年、日本)を観た。
堤真一、阿部寛、椎名桔平等々、個性豊かで演技力に定評のある俳優が次々と現れる。しかし、あまりにも難解すぎて途中で訳が分からなくなった。
一度目は酔っていたこともあり、1時間も経たないうちに挫折。

二度目は最後まで見たのだが、場面だけでなく、時間的にもあっちにいったり、こっちに行ったりするので、ストーリーに付いていくのがやっとだ。
また出てくる人々の関係もよく分からないので、誰が味方で誰が敵なのかがよく分からない。。。と思ったら、この作品は「姑獲鳥の夏」に続く京極夏彦原作の2作目らしい。この前作を見ていればもう少し関係がはっきりするのだろうか。

まあ1作目を観ていないことを割り引いたとしても、やはりイマイチだ。
最終的には「少女のバラバラ殺人とマッドサイエンティスト」という一本の線にまとまっていくのだが、そこに至るまでに戦時中のエピソードが出てきたり、怪しげな宗教が出てきたり、箱にとりつかれた殺人鬼が出てきたり・・・ちょっといろんな事件が起こりすぎだ。

鍵を握る人物の一人である黒木瞳や柄本明の位置付けも良く分からない。
田中麗奈や雨上がり宮迫等も含めた主役級4~5人のインパクトが強すぎて、柄本明なんてどこで登場してきたのか分からないし、黒木瞳もいつの間に「あっち側」の人間になったのか非常に曖昧だ。

そんな中途半端な展開の中でストーリーは進み、何とか話に付いていくのだが、最終的な結末が、全体として非常に現実離れした形で終わってしまう。
特に、敵の本拠地が崩れかけるというありがちな展開の中で、主人公達がどうやって逃げ出したのか、犯人はどうなったのか等、大事なところが端折られたまま場面展開してしまう。
エンディングシーンで悲運な少女や黒木瞳がどうなったのかなど、いくつかの疑問は解けるのだが、やはり最後まで非常に中途半端な終わり方だ。

出ている俳優達は、皆それぞれに個性をぶつけあって、それなりに迫力があるのだが、完全には活かしきっているようには感じなかった。
特に宮迫は訳が分からなかった。憧れの女優が事件の被害者&被疑者として目の前に現れたという難しい役柄なだけに、どう演じるのか難しいところだが、単にぶっきらぼうで、柄の悪い刑事役に終わってしまっている。嫉妬や愛情を見せようとする場面もあるのだが、非常に薄っぺらに感じで、困惑や自己矛盾という感情が伝わってこなかった。

最後にもう一つ難点を付け加えると、音響効果が悪いのか、敢えてそのような演出をしているのか良く分からなかったが、話す言葉が非常に聞き取りにくいことが多かった。
多分大事な場面だということは分かるのだが、何を言っているか聞き取れずイライラさせられた。。。

おそらく、原作はもう少し面白いのだろうが、この映画は残念ながら、原作に振り回されてグダグダになってしまったような気がして非常にもったいなかった。

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2008年7月19日 (土)

怪談

昨日は株主総会の打ち上げだった。
社内での打ち上げは、総会直後に何回か行ったが、今回は総会でお世話になった社外の方々を招いての懇親会だった。
私は幹事だったので、ほとんど酒を飲むことは出来なかったのだが、30名を超える規模の打ち上げを無事に終えることができ、ほっとしたところだ。。。

 

行川渉「怪談」(角川ホラー文庫、07年7月)を読んだ。
三遊亭円朝原作の古典落語をベースとした映画の小説化であり、父が起こした殺人による「怨念」によって、一人の男が滑り落ちるように、恐ろしい人生を歩むことになる。

夏が近づくと、背中がゾクゾクするような怪談やホラーは、私にとっては重要なアイテムとなる。しかし、最近では単純に「貞子」をパクッた怪物を出せばいいと思っているようなホラー映画や小説も多い。
そんな中、今回読んだ「怪談」は、怨霊による呪いを主題としたまさしく正統派のホラーであり、最後の落ちも、非常に恐怖感のある終わりとなっている。読み終えたあとには、満足感を感じることができた。

それにしても、主人公の新吉は可愛そうだ。放蕩で借金を繰り返し、挙句の果てに借金を取立てに来た鍼医を殺害するような父を持ってしまったために、その鍼医の怨念によって、幼い頃に父も母も失い、お家は取り潰しになってしまう。

25年後、持って生まれた美貌とマジメな働きぶりによって、新吉はタバコ売りとして順調な生活を送っている。しかし、ある日出合った鍼医の娘「豊志賀」によって、新吉の人生は多くの殺人に彩られた、暗く、悲しいものに変容してしまう。
新吉はともかく、被害者である鍼医の娘までも不幸になってしまうストーリーは、単純に怨恨ものとも言い切れないような悲哀を感じる。「人を呪えば穴二つ」という言葉のとおり、鍼医の呪いは、憎い相手の家族だけではなく、自らの娘にまで害を及ぼすことになる。。。

愛する新吉に裏切られた豊志賀は、親子二代にわたり怨霊となって新吉を追い詰めることになる。本人には全く罪の無い新吉ではあったが、怨霊に苦しめられることで、そのマジメだった人間性まで失っていくことになる。
しかし、自分の愛した女性が次々と不幸になっていくような人生を歩めば、そうなるのも仕方ないことと言えよう。不幸が人を変え、それによって更なる不幸を招くという負のスパイラルは、何も新吉に限らず、我々の誰にも起こり得ることだ。。。そんな怖さもこの小説は醸し出している。

元々は尾上菊之助と黒木瞳介主演の映画なので、今度借りて観てみようと思っている。

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2008年7月17日 (木)

恋空

112 今日はサッポロの「Edel pils」を飲んだ。
毎年数量限定で作っているだけあり、華やかな香りとビールらしい苦味が、変に工夫をしていない美味さに結びついている気がする。

そんなサッポロは今窮地に陥っている。ビール大手の中で、万年4位だったサントリーに抜かれ、1~6月の販売数量で最下位に陥ったのだ。
私は、サッポロのYEBISシリーズは全て好きだし、「麦とホップ」はこれまでの発泡酒や第三のビールの中では、かなり高位に位置する味わいだと思う。
そういう意味では、サントリーに負けるどころか、私の中では、おかしな商品の多いアサヒやキリンに追いついても不思議は無いと思うくらいだ。
やはり敗因はスティールパートナーズとの「ごたごた」だろうか。アクティビストに攻め立てられていては、本業にも身を入れることができないだろう。
サッポロの経営に水を差すような彼らには早々に退出頂いて、サッポロの経営者には現状の品質を維持したまま、営業面にも力を入れて欲しい。

 

「恋空」(07年、日本)を観た。
新垣結衣と「14歳の母」で志田未来の相手役を務めた三浦春馬が主演のラブストーリーだ。今回の作品でも高校生の新垣結衣が妊娠するという展開になっている・・・この俳優に変な色が付かないといいのだが・・・

観終わった印象は「長い」だった。
ストーリー展開はそれなりにスピーディだ。ただ、逆に、新垣演じる「美嘉」と三浦演じる「ヒロ」が出会うまでと、出会ってから恋人同士になるまでの展開が、あまりにも早すぎて、エピソードを端折り過ぎているような気がした。

さらに、付き合い始めてから直ぐに、美嘉がレイプされるという衝撃的な展開なのだが、花畑で乱暴されるシーンやその後にヒロが現われるシーン、ヒロが加害者を殴りつけ真犯人である元カノにたどり着き、実嘉に謝罪させ髪を切るシーンなど、あまりにもサクサクと全く現実感の無いまま話が進んでいく。
もちろん、トップアイドルを使っているのだから、無茶はさせられないのだろうが、だったらレイプシーンなんてカットすればいいのにと感じた。

さらに、このカップルには妊娠、流産、ヒロの重病と試練が押し寄せる。
しかし、残念ながら、トロトロとした展開に、次々と先のストーリーが読めてしまう。特にヒロの重病については、香里奈の「これからどうするつもり」の一言で、ヒロが死に向かう病であることが何となく分かってしまう。

そこからの展開も、何だかグズグズしている。
美嘉は別の優しい男性(小出恵介)と付き合うことになり、それなりに幸せそうな日々を過ごすことになるのだが、彼にプロポーズをされた夜に、ヒロが重病であることを知らされ、ほとんど悩みもせずに彼のところに戻ってしまう。。。
小出恵介が可愛そうだ。これまで、観た映画やドラマではコミカルな役柄が多く、今回は折角カッコいい役柄だったので幸せになってほしかったのだが、なんだか中途半端な感じで終わってしまった。
美嘉の気持ちも分かるが、ちょっと前まで嬉しそうにプロポーズの指輪を受け取っていたのに、その変わり様はどうかと思う。結婚式で山下智久に走った長澤まさみを思い出してしまった(BYプロポーズ大作戦)。。。
そういえば、恋人が死んでしまうという展開は「世界の中心で愛を叫ぶ」とも似通っているし、長澤まさみを意識した作品なのだろうか・・・

その後は、ヒロが死ぬまでささやかな幸せな時間を過ごすことになるのだが、この間の展開も何となく間延びしたように感じる。さらに美嘉はヒロの死の瞬間にも立ち会えず、携帯で話しかけることしかできないなど、なんとなく後味の悪い、納得の出来ない顛末だと思った。携帯が多用されている、これはドコモがスポンサーだからこその演出なのだろうか。

原作は携帯小説らしいが、ちゃんと読んだらもっと面白いのだと思う。

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2008年7月12日 (土)

催眠

昨日は会社の同僚と一緒に築地に飲みに行った。
2軒候補の店があったのだが、7時過ぎに行ったところどちらも既に満員。
やむなく、近くの居酒屋のような店に入った。
築地だけあって、魚は美味しく、酒は、黒糖焼酎の「弥生」や「ネリヤカナヤ」、麦焼酎「つくし」などを飲んだ。普段家で飲むのはは芋焼酎が多いので、それ以外の焼酎を中心としてみた。ロックで飲んだのだが、一杯がかなりの量だったので、結構酔ってしまった。

 

松岡圭祐の「催眠 完全版」(角川文庫、08年1月)を読んだ。
この本は、もともと99年に出版されたのだが、この「完全版」は、それを大幅に書き直したものだそうだ。
私は、書き直される前のバージョンは読んだことは無かったが、それを元にした映画の「催眠」は観たことがある。

映画では、菅野美穂が「ワレワレハユウコウテキナウチュウジンデス・・・・」という宇宙人言葉を話したり、おかしくなって天井に張り付いたりと、多重人格の殺人者を演じるサスペンス・ホラーであり、今の彼女ではとても受けないだろうと思うような、「キワモノ」役だった。それでも、菅野美穂の演技は秀逸で、ぶっ壊れた役柄を恐怖感満点に演じきっていた。

そんな記憶の中で、この本を読むと、全く別の物語を読んでるのではないかとの錯覚に陥った。
この小説でも、菅野美穂が演じた「入絵由香」は出てくるのだが、殺人とは無縁で、解離性同一性障害に悩む一人の女性でしかない。
この女性を中心に、彼女を利用して金儲けを狙う者、純粋に病人である彼女を救おうとするカウンセラー、自分の悪事を彼女になすりつけようとする元上司、異常な娘を見てみぬふりをしようとする昔気質の両親等、彼女を巡って周囲の人々は様々な姿を見せることになる。
その意味では、ドキドキするような面白いストーリーの一方で、こうした精神を病んだ人々を巡る社会的な問題提起をしているようにも見える。毛色は全く異なるが「24人のビリーミリガン」に通ずるところもあるように感じる。

そして、由香を巡るストーリーの一方で、一輪車に乗れずにいじめに遭う一人の少女の物語が並行して進められる。「このサイドストーリーはなぜ語られなければいけないのか」、物語の途中では、そんな疑問も湧いてくるのだが、それが最後の最後では、長い前振りであったことが判明し、同時に、由香のために無償で働くカウンセラーの理由も明かになる・・・
最初の謎めいた導入から、最後の驚くような終焉まで、見事に作りこまれた作品だった。

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2008年7月 8日 (火)

@ベイビーメール

今日は禁酒日だ。
昨日、今日と酷い暑さで閉口する。昨日の夜も、寝入りばなは暑くて、上には何もかけずに寝ているのだが、じっとしているだけで汗が出てきた。やむを得ずエアコンを入れたので、何とか寝付けたのだが、梅雨の空け切らないこの時期の暑さが私は大嫌いだ。
こうした時期には、「青い珊瑚礁」や「エメラルドクーラー」など、グリーンミントのリキュールを使ったカクテルでも飲んでスッキリしたい気分だ。

 

山田悠介「@ベイビーメール」(文芸社、03年4月)を読んだ。
これまで、この作者の作品は「×ゲーム」、「レンタル・チルドレン」、「親指さがし」、「ライブ」などを読んでいるが、今まで読んだ中ではこの作品が一番好きだ。
この作者の面白さは、そのスピード感だ。最初からトップギアで走り出す物語は、次々と事件や問題や怪奇現象が発生し、一気に最後まで読ませてしまう。

今回の作品も、いきなり残虐な殺人場面から始まる。後に起こる悲劇の発端となるこの殺人事件だが、この時点では犯人も分からなければ、その女性の背景も分からない・・・物語は、最初から謎をはらんだまま進められることになる。

子どもを生むことに執着した女性の、恨みがこもったメールを受け取ってしまった女性が次々と妊娠し、その体内で育った子ども達が腹を食い破って出てくる・・・
その発想は、猟奇的ではあるのだが、全く現実感が無いし、その理由も明確ではないのだが、この小説を読んでいる間は、物語のスピード感によって、そうした「非現実的な・・・」という感想を抱く暇も無い。

この作者の作品は、終わり方が唐突だったり、支離滅裂だったりと、それまでのスピード感から一転して、歯切れが悪くなる印象があるのだが、この作品では恐怖の後の平穏、そして最後に訪れる恐怖・・・と比較的上手に物語を終結させてくれているので、満足感を持って読み終えることができた。

恨みによって妊娠するという展開や、携帯電話が鍵を握る部分など、いろんなホラーから少しずつヒントを得ているようだし、恨みのメールが主人公の周辺の女性にばかりに届くことなど、読み終えた後はいろいろとアナにも気付くのだが、怖いホラーを短時間で読みたいときには、この作品は適している。

この作者の代表作?である「リアル鬼ごっこ」は、まだ読んでいないし、映画も見ていない。どちらを先にするか迷うところだ。。。

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2008年7月 5日 (土)

仇討群像

109 昨日は、会社帰りにナチュラルローソンで買ってきたチリ産の「カンテラ クアルタ・ルーナ カベルネ/シラーズ」を飲んだ。
先日セブンイレブンで買った赤ワインで失敗したので、ちょっとコンビニを変えてみたのだが、今回はなかなかヒットだった。
最初の一口はちょっと渋みが強いなあと思ったが、ベリー系のシラーズっぽい香りと、徐々にまろやかさを帯びてきた味わいに、1000円台のワインとしては十分満足できた。 

 

池波正太郎の「仇討群像」(文春文庫、80年)を読んだ。
有名なところでは赤穂浪士の大石内蔵助など、様々な仇討の物語を連ねた9編からなる短編集だ。

主人を殺された、親・兄弟を殺された、妻を殺されたなど、動機は様々だが、そのほとんどが愛するものを失った悲しみと怒りを持ち続けたまま、その対象に対して復讐を果たすことに人生を費やすのだ。。。

この時代の「仇討制度」は、仇討が正当なものとして認められた場合には、領主から免許状が出され、犯人に対して堂々と復讐を果たすことが可能になる代わりに、免許を貰った者は、その使命を果たすまでは、家に戻ることが出来ない。

犯罪者、被害者の双方にとって、非常に厳しい制度だとは思うが、犯罪者はいつ殺されるかもしれない恐怖という「制裁」が恒常的に与えられ、被害者にとっては単に悲嘆にくれるのではなく、加害者に対する復讐という目的を与えられることから、ある意味非常に合理的な制度であるともいえるだろう。

現在では、警察制度がほぼ完璧に整えられているので、殺人犯が捕まらないことの方が少ないとは思うが、それでも迷宮入りする事件や犯人が捕まらない事件も存在する。また、犯人が捕まったとしても、その後の長い裁判や加害者寄りの判決を考えると、被害者やその家族の人権は放置されていると言っても過言ではない。

仇討制度とは、こうした被害者やその家族の人権を最大限に尊重するとともに、犯人に対する捜査と処罰という両面を補完する、なかなか良く出来た制度である。
現代社会では、現実的ではないかもしれないが、これだけ犯罪が多発する世の中にあっては、この仇討制度が非常に魅力的に映るのは私だけだろうか。

例えば、殺人犯やレイプ犯は再犯を犯したら直ぐに死刑という前提で、早期に釈放する代わりに、被害者側には仇討を正式に認める、という制度を作れば、犯人はいつ殺されるかもしれないと言う心理的な制裁を死ぬまで受けることになり、被害者側にはいつでも復讐ができるという生きる上でのインセンティブが与えられる。しかも刑務所等の施設や犯罪者にかかる経費の削減にもつながり、国や社会にとってもメリットがある。。。
もっとも、犯罪者が自暴自棄になり、自爆テロなどを決行する可能性もあるので、やはり実現するにはいろいろとクリアすべき部分はありそうだが、少なくとも、被害者の人権がこれだけ蹂躙されていることを考えれば、検討に値する制度ではないかと考える。

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2008年6月28日 (土)

「萩原朔太郎」の亡霊

昨日は課長と新入社員の送別会だった。
課長はうちの会社で最も希望率の高い部署に、新入社員は3ヶ月間の研修期間を終え、現場に出て行くことになる。
入社間もない頃は、送別会は自分の時も他人の時も何となく物悲しい気持ちになったものだが、異動の多い会社なので、今では定例的に繰返される単なる行事として捉えるようになってしまった。。。これが「成長」なのか「鈍化」なのかは自分でも分からないが、感受性が鈍るのは私としては望ましくない傾向だ。
A207401pm3_b 会場は銀座にあるオーガニック系のレストランだった。
野菜中心で魚や肉を少しずつ加えた健康的な優しいメニューだったので、若干前日の酒が残っていた私には嬉しかった。
飲んだのはオーガニックワインの「フレイ・ビンヤード ジンファンデル」のホワイトとレッドだ。普通のジンファンデルよりも香りも味わいもかなり軽い感じではあったが、この店の料理には非常に良く合っていた。

 

内田康夫の「『萩原朔太郎』の亡霊」(徳間文庫、87年)を読んだ。
私の大好きな岡部警部ものだったのだが、今回の岡部警部は答えにたどり着くまでに、大分時間がかかってしまうため、次々と被害者が増えてゆく。
遠い過去に起きた殺人事件の関係者が次々と殺されてゆくため、当然動機はその殺人事件に係る「復讐」と思えるのだが、実は・・・
本当に殺したかったのは一人だけなのに、それを隠すために連続殺人を犯し、架空の犯人を作り上げる。。。いかにも推理小説の王道といった作品であるが、最近の陰惨な事件を考えれば、あながち「小説の中だけの話」と言ってられないのかもしれない。

知的な犯人と岡部警部との最後のやりとりは迫力があり、一つ一つの証拠を突きつけて犯人を落としていく姿は、まさに警視庁一の名警部の面目躍如といえるのだが、そこに至るまでの過程がちょっと物足りなかった。
最大の証拠も、偶然の事故に頼っており、序盤から中盤にかけて綿密に作り上げてきたストーリーが終盤でバタバタとまとめられている気がする。
もちろん途中のストーリーは十分惹きつけられる展開ではあるのだが、最後の詰めの部分にちょっと不満の残る結末だった。

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2008年6月20日 (金)

スティーブン・キング「セル」

今日は焼酎「海王」と「ダバダ火振」を飲んだ。
どちらも、芋と栗の美味しさを残しており、飲み口は素直でスイスイと飲めるのだが、ダバダ火振の方はちょっと香りも強く、芯も強いので、両者を順番に飲むと、最初に飲んだ海王の雰囲気が消えてしまう感がある。
最初に食事と一緒にスマートで繊細な海王を飲んで、その後は軽いツマミとともに、地方出身のクセのあるダバダを飲む。それがこの2本にとって、もっとも相性の良い飲み方だと私は思う。海王にはちょっと可愛そうだが・・・

 

スティーブン・キングの「セル」(07年12月、新潮文庫)を読んだ。
私が初めて読んだこの作者の作品は「ペットセメタリー」だ。
死んだ動物が生き返ってくる不可思議な墓地に死人を埋めたら・・・
そんな有り得ない設定なのに、キングの作品は本当にそんな場所があるのではないかと思わせるほどリアルに描写されている。
そして、当然のように鳥肌が立つような恐ろしい展開が続くのだが、そのウラで人間の優しさや愛情を上手に織り込むことで、キングの小説は、怖いだけでなく、非常に感動や共感を呼ぶストーリーとなっている。

それ以降、クージョ、ファイアースターター、グリーンマイル、デッドゾーン、キャリー、ミザリーなど数多くのキング作品を読んできたが、どの作品も非常に怖く、そして時間の経つのを忘れるくらい面白い小説だった。

そんな中、今回読んだこの作品は、街中の携帯電話で話していた人々が、あるパルスによっていきなり狂いだし、あるものは自殺し、それ以外の者は無差別に他人を襲いだすという、衝撃的な始まりとなっている。。。
多くのキングの小説の中でも、これだけ唐突に事件が走り出すものも珍しい。
物語は、たまたま携帯電話を持っていなかったため難を逃れた人々を襲う、恐怖と悲哀とほんのわずかな希望をt中心に描かれている。
ストーリーの重要な要素である、徐々に知性を取り戻し、「人々」へと変わり行く狂人たちの勢いと、生き残った携帯を持たなかった「人々」に漂い始める絶望感。
ストーリーは最初から最後まで止まることなく、緊張感と恐怖感を感じさせながら、その折々に必死で生き抜こうとする人間の友情や、愛情を織り込んでゆく。そして、最後の場面では、人類の一発逆転をかけた凄まじい反撃が行われる。

ただ、最後の場面は私がこれまで読んだ作品の中では、ちょっと「インパクトに欠ける終り方」という印象を受けた。
それまでの展開が急激で切迫感に満ちていたのが、唐突に解放され、戸惑いを感じる余裕も無いままに終着駅に到着するという感じだ。

そして、その状態に至っても、読者は事件に関する一切の背景も事件の理由も分からない状態に置き去りにされる。。。多少はこれまでの謎解きがあっても良かったのではないかとも思うし、その後の「希望」も、もう少し明確な形で残して欲しかった。

特に、謎解きに関しては最初から最後までほとんど無いので、なぜこんな事態になったのか、世界はどうなっているのか、これからどうなるのか、といった類の疑問は数多く残ることになる。
・・・ということで、読み終えた後には、あまりの展開の速さによる疲労感と脱力感に加え、多くの謎が残ったままという徒労感が残った。
もちろん、そこまで引っ張ってきた作者の力量は流石なのだが、物語の終わりに痛快などんでん返しや謎解きを用意してくれた以前の作風に比べると、若干不満の残る作品であった。

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2008年5月30日 (金)

真相

89 今日は山口県旭酒造の「獺祭(だっさい)」を飲んだ。
「獺祭」ってなんだろうと思って、旭酒造のHPを調べたところ
獺祭の言葉の意味は、獺が捕らえた魚を岸に並べてまるで祭りをするようにみえるところから、詩や文をつくる時多くの参考資料等を広げちらす事をさします。」とのことであった。
ふーん。でも何でお酒にこの名前を・・・と思ったら、「所在地の地名『獺越』から一字をとった。日本文学に革命を起こしたといわれる正岡子規が自らを獺祭書屋主人と号した事から、伝統とか手造りという言葉に安住することなく、変革と革新の中からより優れた酒を創り出そうとする意思を示した旨解説されていた。

確かに美味い。最初に一口飲んだときのフレッシュでなおかつ甘美な甘み。飲み進むに従い、徐々に花が開くかのように味わいが濃く、深くなっていく。。。
山口の酒と言われても、これまであまり思いつくものは無かったが、この獺祭の美味しさは酒どころと言われる他の地方の酒と変わらないレベルだと思った。
ただ、最近では、結構居酒屋とかで見る機会も多くなってきているので、この美味しさのレベルを落とさないよう頑張って欲しい。

 
 
横山秀夫の「真相」(双葉社、06年10月)を読んだ。
5編の小説からなる短編集なのだが、どれも素晴らしく練り込まれ、一度読み始めたら止まらなくなってしまう、非常に出来の良い作品だ。

この作品では、他の警察小説や推理小説と違い、刑事・警察や探偵が主役になることは無い。。。主役は加害者や被害者、その家族など、より事件の身近にいる人々だ。
だからこそ、最近のトリックに凝りすぎたり、最初から結末が見えそうな推理小説なんかよりもずっと生々しく、真に迫っている。
ただし、それはあくまで虚構の世界であり、読み終える頃には小説ならではの、見事なまでの「落ち」や「伏線」が張られていたことに気付くことになる。。。
この現実感と良く出来たストーリーの組立ての対比が作品を一層際立たせているように感じる。

どの作品も良いのだが、私が最も好きだったのは、「花輪の海」という作品だ。
大学生時代に超序列社会の空手部に入ってしまった男達の、見るも無残な生活とそんな中で行われた?一つの犯罪について、悲しいほどに生々しく描き出している。
人はどうしようもなく追い詰められた時には、モラルや常識など吹っ飛んでしまうという悲しい現実を、見事なまでに写実している。
これはあくまで小説だが、この作品に出てくるような悲劇は、日本中のあちこちで起きているのだろう。

この作者の作品は、「動機」や「半落ち」、「第三の時効」などいろいろと読んでいるが、一つとして読んで失敗したと感じたことが無い。私の大好きな作者の一人だ。

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2008年5月26日 (月)

1303号室

今日は、先日飲んだ 月の輪酒造の「杜氏 横沢裕子」の残りを空けた。
開けてから何日か経っていたので香りはちょっと飛んでしまっていたが、味わいはコクが若干増したように感じて美味しかった。
ただ、先日飲んだ際にも感じたのだが、全体のバランスは非常に良いのだが、やはり特徴という意味では薄いようだ。何日か置いたのでちょっと変わってくるかもと期待したのだが・・・
 

 
「1303号室」(07年、米国)を見た。
中越典子主演のホラーで、海の見えるマンションの一室にとり憑りた女の怨念によって、入居する若い女性が次々と転落死するという物語だ。

実は、この映画を見たのとほぼ同時に、この原作を図書館で借りてきて読んだ。
大石圭によるこの小説(河出文庫、07年10月)では、映画よりももっと淡々と若い女性が引っ越しては憑り殺されるまでの過程を描いている。
そして、その合間合間では、このマンションで死んでいった女性(=悪霊)の生涯が本人の追想録の形で綴られ、徐々に1303号室を巡る謎が明らかになっていく。

映画の方では、中越典子がその謎を解いていくことになるのだが、そもそも既にこの部屋での最初の惨劇が本になって売られていたりするので、あっという間に真相に近いところまでたどり着いてしまい、非常に安直に感じる。
そして、映像(特にVFX)が安っぽいのと、悪霊が妙に生々しいので、全く怖くない。むしろ悪霊の姿が登場するまでの方が、得体の知れないものに対する緊張感があり、ずっと怖かった。
悪霊は、これまた「貞子」の焼き直しで、しかも髪が伸びて攻撃するという、ありがちで、リアリティのかけらも無い能力が一層失敗に輪をかけている。
この点、原作では、悪霊になった女性の人生を克明に映し出すことで、その恨み・辛みの背景や不可思議な力を持つことになった経過についてもそれなりに納得のできる結果となっている。
話の粗筋は一緒で、結末も一緒なのだが、原作の方がずっと恐怖感があり、ストーリーも良く出来ている。

ただ、映画も小説もどちらにも言えることなのだが、ストーリーの中のキーパーソンとなる美しい少女の描き方が乱暴だ。映画の方では、最後の場面で、「実はこの子も霊体でした」みたいな終わり方しているのだが、それによってより多くの矛盾を招くことになってしまい、大失敗している。
原作の方では、流石にそんなあからさまな失敗はしていないのだが、いずれにしても全く背景の見え無い描き方をしているので、非常にモヤモヤ感のある終わり方となっている。まあ、それが逆に恐怖感を煽る結果となっているのかもしれないが・・・

また、怨霊がマンションを離れて中越典子の行く先々に姿を現し、ポルターガイストのような現象を起こすという設定もちょっと不必要かなという気がした。
それであれば、引越し屋さんとか、ハウスクリーニングの人とか、管理会社の人とか、このマンションを訪れた多くの人々も皆殺されても不思議は無いと感じるからだ。まあ、若い女性Onlyということであれば分からなくもないが・・・

以上の2点を除くと原作の方は、非常に良質の「怖い」ホラーだった。映画の方は・・・
まあ、90分程度で深い部分まで描こうとするするのは難しいのかもしれないが、原作が「人の幸せというのは他人の不幸の上に成り立っている」ということを暗に言わんとしていたのに、映画では単に「マンションにとり憑いた悪霊の物語」になってしまっている。
もう少し原作に沿って、悪霊の人生を中心に描けば、もう少し怖く、面白くなったと思う。

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2008年5月14日 (水)

吉村達也 「年下の男」

今日は「極の黒」と「海王」を飲んだ。
「極の黒」が空いてしまったので、次は新しい焼酎を開けよう。。。と思ったのだが、一時期は十数本あった焼酎がもはや数本にまで減ってしまっていた。
早急に新しい焼酎を入手しなくては!最近、ワインや日本酒を飲む機会が多かったので、焼酎まで気を回していなかった。。。
次は美味しい米焼酎が飲みたいところだ。早速ネットで探してみよう!
 

 
吉村達也「年下の男」(集英社文庫、平成16年4月)を読んだ。
この作者の作品は角川ホラー文庫でしか読んだことがなかったので、すっかりホラー小説家だと思っていたが、サスペンスや推理小説の方が多かったんだ!

今回は、15歳年下の男性と結婚した女性が主人公だ。
一流企業で30代で課長にたどり着いた有能な女性社員が、俳優の卵の21歳の男性と恋に落ち、あっという間に結婚してしまう。
この結婚をきっかけに、彼女の人生は大きく変わっていくことになる。
年上の上司からの求婚、秘密の関係にあった部下の女性からの脅迫など、この結婚によって、彼女に対する様々な思いが表出することになる。
そして、かわいい「年下の男の子」と思って結婚した夫の豹変。。。

最終的には、この結婚の背景にある深く、暗い過去が暴かれ、何人もの関係者が死ぬことになる。主人公は果たして・・・

この作者のストーリーは本当にしっかりとしている。
今回も、遥かに年上の女性と結婚した夫の動機や心理は最後の最後まで明らかにはならないが、時折見せる爆発的な怒りや卑屈な態度によって、その後起こるであろう悲劇の伏線となっている。また、冒頭で新郎新婦、その家族、年上の上司、脅迫に至る部下の女性のそれぞれの思いが、いきなり大きな問題提起として提示されているのも面白い。

この小説は、最後まで結末が分からないので、途中で止めることが非常に難しい!
結局私も、翌日仕事があるのに夜中の3時まで読みふけることになってしまった。

この作者のホラーは、今回の小説と同じように、しっかりとしたストーリーがある割に、読んでいて非常に怖い感覚に襲われる。「初恋」、「文通」、「先生」「iレディ」「ケータイ」等々様々なホラーを読んだが、そのいずれも満足できる出来であった。
ホラーを安心して読めるというのもどうかと思うが、私としてはお薦めのホラー作家の一人だ。

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2008年5月 8日 (木)

壊れた少女を拾ったので

今日も昨日に引き続き禁酒日だ。
昨日、今日と好天の暖かい一日だったので、本当はビールでも飲みたいところだったが、健康のためぐっと我慢した。
今週もあと2日で終わりだ。明日も禁酒し、週末に解禁といきたいところだ。
 

遠藤徹「壊れた少女を拾ったので」(角川ホラー文庫、平成19年11月)を読んだ。
名古屋からの帰りに暇つぶしにと思って購入したのだが、「なんだこれは・・・」という感想だ。
「姉飼」という小説で日本ホラー小説大賞を受賞したこの作者の作風は、映画で言えばホラーというよりもスプラッター系という感じの、怖いというよりも気持ち悪い系のホラーだ。

今回の作品は、5作の短編による小説集なのだが、そのいずれも日常からかけ離れた世界を描いている。。。ある作品では、戦争の始まった日本で人の頭部をくり貫いた「弁頭箱」にご飯とオカズを入れた弁当をお昼に売りに来る美人姉妹を描いている。物語の始まりは普通の小説風だったので、この「弁頭」が登場した際にも、最初は何のことか分からなかったが、その姉妹に翻弄され、最後は同じように弁頭箱にされてしまう主人公にように、なんだか分からないまま、小説の世界に引き込まれてしまった。。。

これだけでも、メチャクチャな作品だと分かると思うが、ただ、この作品はまだましな方だ。
人食を描いた「赤ヒ月」や人間の再生を描いた表題作「壊れた少女を拾ったので」は、もはや何の目的で、何を描こうとしているのか全く理解できない奇妙で不気味な世界が広がっている。

人類の終末を描いた「桃色遊戯」は、何となくこれまでも読んだことがあるような、ライト感覚なホラーであり、先に上げた3作品に比べると、それほど気持ち悪くもなく、何となく社会的な主張のようなものも感じられ、作者の幅広さが窺われる。

私が一番好感をもてたのは「カデンツァ」という、人間と機械との恋愛を描いた作品だ。
機械と言っても、今はやりの「ロボット」や「アンドロイド」ではなく、相手は「炊飯釜」や「ホットプレート」、「冷蔵庫」だ・・・
この無機質の物体が、この作品の中では本当に心を持った一人の男として、一人の女として描かれている。そして待つだけの彼らとは、人間同士よりも深い愛で結ばれることになる。。。現実離れしているのだが、「○○フェチ」とかいう人々がその世界を極めると、こんな感じなのかとも思ったりして・・・段々自分の感覚もおかしくなってくるようだ。

正直言って、ホラーの中でもあまり好きなジャンルではないが、読み始めると止まらなくなってしまうのは、それだけ作者の文章力があるからだろうか。
次は是非ホラー大賞の受賞作「姉飼」を読んでみよう。

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2008年5月 6日 (火)

クロスファイア(原作)

ここしばらく日本酒を飲む機会が多かったので、昨日はサッポロ「Yellow Tail  SHIRAZ」がどうしても飲みたくなって、帰省の帰りに買ってきた。
三重県から5時間近くかけて帰ってきたので、家族一同疲れ果てており、夕食はスペイン料理のデリで買ってきたタパスとRF1の惣菜と妻の作ったパスタだったのだが、あっという間に1本空けてしまった。Yellow Tailは相変わらず、安い割に非常に甘みとコクのある味わいで、料理に良く合った。
それにしても、この連休も良く飲んだ。今日からはしばらく節制をして、体調を整え、連休明けのハードな日々に備えたい・・・
 

宮部みゆき原作の「クロスファイア」(光文社、98年10月)を読んだ。
映画に触発されて図書館から借りてきたのだがすごく面白かった。映画には、映像としての面白さがあったが、やはりディテールまでしっかりと描けているという面では、原作の方が数段上だろう。

原作でも、念力発火能力を持つ一人の女性・青木淳子の人生を描いているという面では映画と一緒であり、結末もほぼ似通っている。
大きく異なるのは、映画が長澤まさみのデビューであることを意識してかどうかは知らないが、もう一人の発火能力者である13歳の少女・倉田かおりの能力についても過大に触れているのに対して、原作ではあくまで中心は青木淳子のみであり、映画のように二人が出会うことも、戦うことも無いところと、弟を発火能力者に殺された刑事・牧原が映画よりももっと重要な人物として深く描かれているところである。

また、青木淳子が善か悪かという部分についても微妙に描き分けられている。
映画の淳子はあくまでも正義の鉄槌を下す「善」の色合いが強く描かれ、対照的にその力を利用しようとする集団「ガーディアン」が「悪」として描かれている。
これに対し、原作では、徐々に暴走を始める淳子が、自ら「力に飲み込まれてしまうのではないか」との恐怖を抱くように、実際に小悪党という程度の人間達をも殺害してしまうほど、無節操というほどにその力の放出を繰返す。

淳子を必要悪と考えるか、それとも単なる殺人者と捉えるべきか、我々読者は読み進めるうちに大きな矛盾を感じことになる。
実際に淳子のような能力者が存在するとしたら、例え正義のためだけにその力を振るっていたとしても、その強大な能力ゆえに、人々は恐怖し、そして「悪」として、その存在を全否定しようとするのではないだろうか。

私も、先日起きた女子高生殺害事件や硫化水素を使って殺害を企てた者達など、皆死刑にしてしまえば良いと思うが、それはあくまで法律によって裁かれるべきであり、被害者や制裁者という個人によって成されるべきものではないと思う・・・しかしながら、自分がその当事者となった場合にはどうだろうか・・・おそらく、私は自分に淳子のような能力があれば、迷わず犯人達を焼き殺しているだろう。

この作品は、一つのSFとしてとても面白く、惹きつけられると同時に、人の心の「悪」と「善」との矛盾を上手に描いているのだと思う。

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2008年4月25日 (金)

十三の墓標

今日も焼酎「極の黒」と「元老院」を飲んだ。
最近、この組み合わせにはまりつつある。。。全く味わいの異なる二つの焼酎を順番に味わいながら飲む幸せは、疲れた身体に甘露のように染みわたる。
 

内田康夫「十三の墓標」(角川書店、平成3年8月)を読んだ。
この作者の作品は、いろいろと読んでいるが、今回の作品はその中でも私の好きな岡部警部シリーズの一つだった・・・といっても、活躍するには岡部警部の部下の坂口刑事だ。
この刑事の姉とその夫が、幼い娘を残して惨殺される事件が起こる。坂口刑事は、半分は肉親として、半分は刑事として、この犯罪に半ば私的に取り組むことになる。
動機も証拠もほとんど残っていないこの事件を、「和泉式部」、「ライター」といった数少ない手がかりを元に、岡部警部の適切な助言を得ながら、坂口警部は見事に謎を解き明かしていく。

この作者の小説は、ディテールまでしっかりと描いており、最初から最後まで綻びもなく、犯罪に至る背景と動機、殺人の手口、そして解決に至る推理が見事に描かれている。だからこそ、小説の世界に引き込まれるのだが、今回の小説は、若干、粗いと思われる部分もあった。

特に、犯人が残すライターの意味合いや、それによって引き起こされた殺人の描き方にはかなり疑問が残ったし、父と母を失ったまだ幼い少女の感情やその行動については、非常に甘い描写となってしまっており、あまり真に迫っていないような感覚を受けた。

その他にも、物語自体には、破綻は無いのだが、今回の作品には何となく無理やりに話をこじつけた感じがあった。犯人の母親がある事故によって死んでしまう場面も、いくらなんでもやり過ぎではと感じた。
もちろん、内容自体は面白く、最後まで飽きずに読むことは出来るのだが、読み終わった瞬間にどんな話か忘れてしまいそうな、そんなインパクトにかける話だった。内田作品は、いつも期待しながら読むだけに、今回は読み終えた後の満足感がなく、ちょっと残念だった。

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2008年4月18日 (金)

闇の影

今日は、大阪在住時代にお世話になった先輩に8年振りに再会した。
私の新入社員として始めての現場で、2年間近く一緒に仕事をした。いろいろと相談をしたり、飲んだり、遊んだりした仲で、お互いの結婚式でスピーチもしている。
今日は、本当に久々だったのだが、あの頃と同じように、普通に話をし、笑い合うことができた。いろいろな話をするうちに、昔を思い出してとても懐かしくなった。素晴らしい時間だった。
中華料理の店だったので、皆で紹興酒を飲んだ。
ホットで飲んだのだが、全くコクがなく、単に紹興酒風の味の付いたアルコールを飲んでいる感じがして、あまり美味しくなかった。
ただ、懐かしい先輩と杯を酌み交わしているうちに、全く味のことなど気にならなくなり、気付けばかなり飲みすぎていた・・・

竹河聖「闇の影」(角川ホラー文庫、平成7年8月)を読んだ。
化物のような「守り神」によって、多くの犠牲の上に資産を得た老婦人が、その「守り神」の後継者となるべき人間を選ぶため、親族を集め守り神に後継者を選ばせるという話だ。。。
好き嫌いの激しい「守り神」のために、結果として5人もの親族が死ぬことになるのだが、あまりこの「守り神」は怖いようには思えない。。。というのも、この舞台となる島が不幸な死に方をした人々の霊でいっぱいになっており、「守り神」以外にも、多くの霊が現れることになるからだ。

気に入られれば、富を授けるが、気に入らないと人を狂わす「守り神」という濃いキャラクターを出している割には、終盤までそれほど活躍をしているわけでもないし、殺された人々も、島の霊に殺されたのか、「守り神」に殺されたのか、良く分からない話の展開となっている。

ホラーという意味では、暗闇の中で主人公に襲い掛かる霊の描写等、ところどころに怖そうな雰囲気の場面も出てくるのだが、その原因が物語全体を通して漠然としているので、あまり怖い印象が無い。

島に取り付く霊が怖いのか、激しい気性の「守り神」が怖いのか、それとも「守り神」を崇拝するあまり、恐ろしい行動に走った老婦人が怖いのか・・・最後まですっきりとしないままだ。登場する人物の関係もとても中途半端で、その背景が描ききれていない。
電車の中の時間つぶしにはいいかもしれないが、大事な時間を潰してまで読む本ではなかった。

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2008年4月 9日 (水)

ビリー・ミリガンと23の棺

今日は、「極の黒」、「赤霧島」、「今和泉 篤姫」を飲んだ。
やっぱり赤霧島が一番美味しかった。順番的には一番最後に飲んだのだが、まるでデザートのように甘く感じた。
いろいろと家に酒を置いておくと、こういう時に本当に楽しいと感じる。同じ焼酎でもいろんな味わいがあることを実感すると、日本の酒文化の素晴らしさを思い知らされる。
 

ダニエル・キイス「ビリー・ミリガンと23の棺」(早川書房、99年10月)を読んだ。
「24人のビリー・ミリガン」では、最後に簡単にまとめられていたビリーの辛く厳しい精神病院での生活が描かれている。

ただ、前作が非常に真に迫った、それでいて小説としても質の高いノンフィクションだったのに対し、今作では、「本当?」と思わせるような部分が数多く現れる。
ビリーが危険に陥った時に現れるレイゲンは、今回も前作と同じように、トイレを破壊するような凄まじいまでの強さを発揮するが、今回はそれ以外にもアレンやトミーが大活躍を遂げる。

病院のメンバーを煽動して、暴動を起こらせるようにしたり、厳しい監視の病院から逃走したり、ちょっと現実離れした行動に、何となく違和感を感じる。
もちろん、実話なんだろうから、ある程度は本当の話なのだろうが、かなりデフォルメしているのではないだろうか。

ただ、ビリーを巡る、政治的な動きや、マスコミの報道などは非常に真実味に溢れている。
そう考えると、やはり、実話をベースにしているのだろうか。。。
最終的に「教師」に統合される前のビリーはまさに超人である、美術的センスに溢れ、どんな拘束からも逃げ出せ(トミー)、人々と社交的に付き合え(アレン)、アドレナリンを自在にコントロールすることで、超人的なパワーを発揮し(レイゲン)、医学・法律にも詳しい(アーサー)、これで統一的な行動が取れるようになるのであれば、人生は成功間違いなしだろう。

しかし、現実は、これら様々な人格が一人の時間を奪い合い、悲劇的な人生を歩むことになる。今回の作品では、最終的には、ハッピーエンドらしき終わり方をしているが、十数年も病院で過ごすことになった彼の人生はまさに闘いの日々だ。

今回の作品では、かなり作者の想像ではないかと思わせる部分も多いが、それでも、とても興味深く、一気に読むことができる出来となっている。
wikipediaによれば、ビリーは、現在は名前を変え、「カリフォリニアで映画監督の仕事をし、普通に生活を送っている」そうだ。しかし、「彼はいまだ、"自分は多重人格だ"と証言している」とのことなので、この小説の終わりとは若干違いが生じている。

彼をモデルにした映画「The Crowded Room」が、今年アメリカで公開される予定なのだそうだ。日本で公開されるのは、当分後になるのだろうが、是非、見に行ってみたい。

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2008年3月14日 (金)

のだめカンタービレ ♯20

51 今日は「アサヒ プレミアム生ビール 熟撰」を飲んだ。
ゴールドの缶に惹かれ。。。エビスもそうだが、ゴージャスな缶のビールを見ると何となく買ってしまうのは私の悪いクセだ。。。
美味しかった。ちゃんとコクもあり、ビールには珍しく甘みを感じた。
・・・とは言っても、ベタベタとした甘みではなく、すごくサラッとした甘みだった。
最初の口当たりは、アサヒ得意の「キレッ」が強く、ドライな味わいが食欲を誘った。
ドライな口当たりと、コクと甘みのある味わいのハーモニーが素晴らしいと思った。アサヒでは久しぶりに満足感のあるビールだと思う。
 

今日は「のだめカンタービレ ♯20」の発売日だった。
我が家では、妻も娘も「のだめ」にはまっているので、私が帰ってきた頃には既に二人とも最新刊を読み終えていた。。。

本刊では、「カントナ国際コンクールに出場した清良とターニャがどうなるのか?」
「日本からこっそりとフランスにやってきた峰と清良の関係は?」
「のだめはコンクールに出れるのか?」
「ターニャと黒木君は発展するのか?」
などなど、見所満載だったが、その全ての答えが、納得感があり、自然な感じのストーリーとなっていた。

今日発売されたばかりなので、詳細は書かないが、本刊の一番の見所は、後半の「のだめ」と千秋が、これまでにないほど真剣に音楽と向き合う濃密な時間だ。
これまでに無い二人の姿に、何となく、終わりも近いのかなあと思わせる。。。

なーんて思わせておいて、最後の場面で、「二人はどうなっちゃうの?」って感じで終わらせているのが「流石!」と思わせる引っ張りようだ!
半年後の♯21刊が待ちきれない!

もうブームは終わったのかもしれないが、是非、ドラマも続編を作って欲しい!

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2008年3月 1日 (土)

パーフェクト・ブルー

昨日は、半年に1度くらい集まるメンバーと一緒に飲みに行った。豚シャブと有機野菜が売りの店だったので、焼酎を中心に飲んできた。ビールで始まり、マッコリを1杯飲んだ後は、「ダバダ火振り」、「黒さそり」、「もぐら」、「喜界島」と焼酎ばかりだった。
ここに上げたのは、全て原料の異なる焼酎だ。栗、麦、芋、黒糖とバラエティに富んでいる。この店には、この他にも米、シソ、バラなどの焼酎が置いてあった。
栗はともかくバラでも焼酎になるというのは、新鮮な驚きだった。今回は飲まなかったのだが、次は挑戦してみたい。ちなみに家に帰って調べたところ、なんと作っているのは北海道の酒造とのことだった。焼酎といえば、南のイメージがあるので、北の焼酎だったとは意外だ。
ただ、甲類焼酎をベースにデーツとバラのエキスで味と香りを付けただけのようなので、安っぽいイメージが想像できてしまうのだが・・・

 

宮部みゆき「パーフェクト・ブルー」(創元推理文庫、92年12月)を読んだ。
この作者の作品は、「レベル7」や「とり残されて」、「蒲生邸事件」「模倣犯」「ブレーブストーリー」などを読んできており、大好きな作家の一人だ。
綿密に練られたストーリーと、登場人物の魅力的なキャラクターがしっかりと描写されており、読み応えがある分量の割には一気に読むことができる。

そんな宮部みゆきの長編デビュー作がこの作品だ。
あらすじは、高校野球の超注目選手が焼き殺されるという事件が起こり、その裏に潜む薬品会社の陰謀を、殺された高校球児のちょっと「不良ぶっている」弟と、その弟の監視?を依頼された探偵達が暴いていくというものだ。

この作品で特徴的なのは、物語の中心人物?の一人が引退した警察犬ということだ。
この犬は、人語を解し、野球が大好きという非常に人間臭い犬で、この作品での「語りべ」の役割を担っている。また、作品の最後では、大活躍をすることになる。

この作者の作品は、超常現象や特殊能力を全面に打ち出すということは少ないのだが、ちょっとだけ人と違う能力を持っている主人公が登場したり、設定自体は不可思議なのに、それが非常に「ありえそう」な環境設定で、無理なく描かれており、完全なSFのように「嘘っぽく」見えないものが多い。

この作品も、犬が人語を理解するという設定以外には、不思議な現象は何も起こらないのだが、実は、その犬こそがキーポイントになっていたりする。いろんなホラーやSFで、超能力者達がありえない力を使って、戦ったりする作品と比べるとずっとリアル感がある。
(もちろん私はそういうホラーやSFも大好きなのだが・・・)

いずれにしても、この作品がデビュー作とは思えないほど、スピード感もあり、最後のどんでん返しがあるところなども、良く出来ている。
ただ、作者の、これ以降の作品に比べると、分かりにくい薬品の設定や、薬品会社側と探偵側との対決の場面など、ちょっと「荒っぽいな」と感じる部分もある。もちろん、他の作者ではもっと雑な仕事をしているものも多いが、「宮部みゆき」作品だからこそ、気になった。

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2008年2月28日 (木)

橋をわたる

45 今日は、新発売のキリン「ZERO」、サッポロ「BEER FINE」を飲んだ。
どちらもカロリーオフが売りのようでZEROが糖質0、BEER FINEが50%オフだ。。。
どちらも美味しくなかった。美味しさが売りではないかもしれないが、これを飲むんだったら、食事の量を減らしてでもエビスやモルツ、一番絞りを飲んだ方が良い。
キリンの発泡酒、第3のビールは本当にハズレが多い。でも、これはまだマシな方かなあ・・・最初に一口飲んだときはすっごいキレを感じたので。。。その後は杯を重ねる毎にまずくなった。危険を感じて350mlにして正解だった。
それに比べるとBEER FINEはまだマシなのだが、ビールであることを考えると、やっぱり評価はできない。

 

伊島りすと「橋をわたる」(角川ホラー文庫、03年3月)を読んだ。
血を舐めると、その人の思いや見た物が見えるという特異体質を持つ主人公が、自分の目の前で、シャープペンで自分の目を差した小学生の女の子について、その特異体質を活かして行動の原因を追求するという物語だ。

主人公や小学生の女の子の他にも、登場人物は皆クセがあり、読み進めるに従って、奇妙な不快感を感じるようになる。しかし、これがホラーらしくて、私は非常に好感が持て、結構夢中になって読み続けていたのだが、残念ながら、最後の幕切れで力尽きた感がある。

この物語は、ホラー的要素は主人公の特異能力だけで、あとはサスペンス的要素と登場人物の魅力的なキャラクターで惹きつけていたのだが、最後の最後で、それまでの流れからはあまり想像できない超常現象が起こり、幕を閉じてしまう。そこまで引っ張った以上は、超常現象は主人公だけでよかった。

必要の無いホラー現象を出してしまったせいで、最後まで引っ張ってきた緊張感が一気に途切れ、とてもぼやけた終わり方になってしまった。
もっと主人公の能力とその人生に焦点を当てた結末としてほしかった。途中までが面白かったので、残念だ。

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2008年2月16日 (土)

夢枕獏 鳥葬の山

38 今日は「一ノ蔵 特別純米酒」 を飲んだ。
またもやセブン・イレブンで買って来たのだが、意外と美味しかった。
口に含んだ瞬間に酒の香りと味わいがパアッと広がるのだが、喉を通過するまでに、そのクセや刺激がすっと消えていく。不思議な感覚だ。
おかげでスイスイと杯を重ねてしまい、気付けば今日もフラフラだ。。。
でも今日は楽しい金曜日なので、これから昨日のチョコをサカナにブンラデーでも飲ーもう!

 

夢枕獏「鳥葬の山」(文春文庫、93年12月)を読んだ。
この作者の作品は何と言っても陰陽師が最高なのだが、他の作品も結構面白い。

今日読んだこの小説は、不可思議な作品8編からなる短編集だ。
内容は、オドロオドロシイ作品から、全面にバイオレンスを散りばめた作品やら、陰陽師に近い不思議な感覚の作品まで、様々な夢枕ワールドが描かれている。

そんな中で、私が一番面白かったのは、一番最後のサバイバルもの「渓流師」だ。

会社の嫌われ者の上司を殴り飛ばし、そのまま、家族に「釣りに行く」とだけ告げて禁漁期の誰もいない川に立ち入った男が、これまであったことのないような巨大岩魚に魅せられて、ガケから転げ落ち、大怪我を負ってしまう。
冬も間近な季節で、凍え死にそうになりながら、男は最後の力を振り絞って、再度姿を現した巨大岩魚に不自由な身体のまま挑戦する。。。
結果、岩魚には逃げられてしまうが、その釣り損なった瀕死の岩魚が下流で地元の漁師によって捕まり、禁漁期の釣り人を注意しに来て男を見つけるという話だ。

こう書いてしまうと、なんの迫力も無いストーリーになってしまうのだが、、、実際の小説は、淡々とした語り口ながら、男が上司への憤懣や、これからの期待など、様々な思いを胸に釣りを始める姿や、巨大岩魚が登場してからの、迫力のある文章で、ただひたすらに岩魚との闘いに全てを賭ける男の姿が、突飛な話ではないのに、心に響いてくる。

そして、自分を瀕死の状態に追い込むほどの巨大岩魚との闘いに敗れ、精も根も尽きたところで、その相手だった岩魚に助けられるという結末も、人間の身勝手さと大自然の不思議さ、優しさが感じられ、とてもスケールの大きな物語に仕上がっている。

物語自体は何のホラー的要素もないし、サスペンス的要素もないのだが、何となく不気味な雰囲気が漂う作りとなっているのは、流石、夢枕ワールドだ。

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2008年1月21日 (月)

傀儡の糸

今日は非常に寒いので、原口酒造の「赤芋・白麹 吉酎」をお湯割りで飲んだ。
寒い時には身体の温まる焼酎のお湯割りを、漬物あたりと飲むのは最高なのだが、この赤吉酎は、ちょっと違うかなあ・・・という感じだった。
本来はお湯との融合によって、焼酎独特のキツサが薄められ、反対に甘みが増し、柔らかな味わいとなるところが、お湯割りの良いところだと思う。今回は、元々柔らかな感じの飲み口なので、お湯で割ることで非常にぼやけた味わいになってしまって気がした。(お湯を入れ過ぎただけかもしれないが・・・)
好みの問題だと思うが、私はやはりお湯割りにするには、ちょっとパンチが効いていながら甘みのある黒麹の芋焼酎が一番かなあと思う。

 
亜木冬彦「傀儡の糸」(角川ホラー文庫、93年7月)を読んだ。
この作者の作品は始めて読んだのだが、途中までは面白かった。
内容としては、女性ばかりを狙った猟奇的な連続殺人事件が発生し、その事件を追う二人の刑事と主人公の精神科の女医が徐々にその不可思議な世界に巻き込まれていくというストーリーだ。
事件は、犯行が人の身体を乗っ取って思うように操る得体の知らない生物?幽体?の仕業か、あるいは狂気に駆られた人間による殺人なのかという大きな謎を抱えたまま進んで行き、最終的には、ドンデン返しが2回ほどあるものの、結局誰が本当の犯人なんだ!ということがよく分からないまま終わりになってしまう。根本的な謎をいくつも残したまま、最後もちょっと尻切れトンボ的な終わりになってしまっているので、非常にモヤモヤ感が残った。

私はホラーはある程度、勢いと、恐怖感とキャラクターが重要だと思っているので、多少のストーリーの不整合には目を瞑ることとしているのだが、この作品は途中までは、かなり辻褄を合わせるのに苦心した作りとなっているのに、最後の方は勢いが付き過ぎて、独りよがりの結末にしてしまったという感じだ。

途中まで、ホラーなのか、サスペンスなのか分からないような展開が、上手に綴られていたので、ちょっと残念だった。

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2008年1月17日 (木)

内田康夫

22_2 今日は、昔の上司と同僚と一緒に飲みに行った。
店は沖縄料理屋で、ゴーヤチャンプルーやら、ラフティやら、豆腐餻やらコテコテの沖縄料理を食べてきた。酒はもちろん泡盛で、菊之露酒造の「菊之露 VIPゴールド」2本を空けてきた。

私は泡盛も好きで、家に今、4本ほど寝かせてある。
そのうち1本は「泡波」という、知る人は知っている、波照間島産の幻と言われる泡盛だ。5年くらい前に、石垣島に行った際に、あちこち探し回って買ってきたのだが、飲むタイミングが無く、ここまで引っ張ってしまった。

でも、どんなに希少な酒でも飲まなければ意味が無い。近々、開けてみようかな・・・
 

内田康夫「盲目のピアニスト」(角川文庫、93年7月)を読んだ。
この作者にしては珍しく、短編集だった。私は結構内田康夫の作品は好きだ。でも、浅見光彦が出てくるものはあまり読まないようにしている。最初に読んだ浅見光彦物が、何となく運任せ、人任せで解決しているような印象があり、あまり好ましい印象を抱かなかったのが原因だと思う。

それ以外の作品では、岡部警部物も竹村警部物も好きだ。どちらも、警部が地道な捜査と推考を重ねるうちに、事件の真相に少しずつ近づいていくという仕立てで、無骨でありながら、鋭いインスピレーションも持つという、浅見光彦とは全く異なる刑事像が好きだ。

この作品は、表題のほか、4編の作品が収録されているのだが、作者が「あとがき」で述べているように、あまり書きなれない短編を書いていることから、長編で得られるような満足感を感じることが出来なかった。
内田小説を読んでいて、いつも思うのは、犯人が小説の中盤くらいでは、ある程度分かってしまう点だ。しかし、長編の場合では、ある程度犯人が分かっても、例えばアリバイトリックや動機の解明など、綿密に計算された伏線の中で、最後に至るまで飽きることなく読むことができるが、この短編集の中では、それらの伏線の埋め込みが雑で、読んでいるうちに、犯人はもちろん、トリックや動機などが、大体読めてしまい、最後のどんでん返しも無く、つまらない結末に終始していた。

ということで、ちょっと残念な部分はあるが、会社の行き帰りの中で、気軽に読める短編集という意味では、それなりに面白かったかな。

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2008年1月11日 (金)

24人のビリー・ミリガン

昨日は「竃猫(へっついねこ)」を空けた。
最初に飲んだ時は、全く印象の薄かったこの焼酎だが、杯を重ねるにつれ、その美味しさが分かってきた。さて、次は何を開けようか。。。

 

ずっと読みたいと思っていた、ダニエル・キイス「24人のビリー・ミリガン」(早川書房、99年10月)を読んだ。

期待していた通りの面白さだった。私はあまりノンフィクションを読む方ではないのだが、この本はノンフィクション以上だ。「事実は小説より奇なり」とはよく言ったものだ。

ストーリーは、三人の女性が乱暴され、金を奪われ、その犯人としてビリー・ミリガンが逮捕されるところから始まる。その後、裁判になり、弁護士との交流を通じて、徐々に彼自身の中に24人の他の人格を持っていることが明らかになる。

その後、物語は、24人の個性的な人格それぞれを紹介しながら、彼が、なぜ多重人格者になったか、そしてそれによってどのようなことが起こったかについて、少しずつ語られていくことになる。

この物語を貫く大きな要素として、その時代では非常に珍しい症状だった「多重人格(現在の解離性同一性障害)という精神疾患が、世の中になかなか受け入れられず、マスコミや政治家から酷いバッシングを受け、24の人格のうち、ほとんどの人格には関係ないにも関わらず、結果として犯罪者と同様の扱いを受けるということがある。
これは、現在においても、症状の立証されていない、あるいは最近になって確認された、いくつもの精神疾患にも当てはまることであり、こうした新しい(あるいは発見されていない)病気を抱える人々にとっては、いつの時代も、常に同じように酷い差別が起こりうることを示している。

それを踏まえた上で、もう一つの大きな問題は、多重人格によって行われた犯罪は、法律上「罪」になるかと言う点だ。ビリー・ミリガンの場合には、最終的に無罪となるが、これが本当に正しい判断だったのかは疑問が残る。
日本においても、精神疾患患者による犯罪が繰り返し起こっているが、このような犯罪をどのように防げばいいか、そして不幸にも犯罪は起きてしまった時にどのように裁くかといった明確な方針は示されていないように思える。

私は批判があることを承知であえて主張するが、たとえ精神疾患を病んでいる者の犯罪であったとしても、一律に同様の基準で裁かれるべきである。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があるが、これは裏返せば、「罪を犯したものは、その人格に関わらず罰を与えるべき」と読むべきであり、そこには区分を設ける必要はない。
精神疾患ではあっても、例えば人を殺せば、そこに被害者が存在するのであり、その被害者の人権や心身両面での苦痛を、単に犯人が冷静な判断が出来なかったからといって許すことはできないと思う。
これは最近の、酒酔い運転にも通じることだが、原則として、悪いことをすれば、それに匹敵するだけの、あるいはそれ以上の罰が自分に返って来るという社会にする必要であり、そうでなければ世の中から犯罪を無くすことはできない。その境界を曖昧にするから、酔っ払い運転で人を3人も殺しているのに、7年半程度の服役で自由を得られるなどどいうことが起こるのだ。
私には、「目には目を、歯には歯を」というハムラビ法典の思想は、まさしく正論に思える。

一方で、精神疾患を病む人々の保護も重要だ。
ビリー・ミリガンも幼い頃の虐待がきっかけで、分裂しまったのであり、まずはこうした後天的な疾患を防止するための措置が必要だろう。これは警察や児童相談所等の権能の強化も重要だし、こうした虐待を行う者に対する厳罰化も必要だろう。

そして、不幸にも、こうした精神疾患を患ってしまった人々をしっかりと回りのものが支え、犯罪に走らないようにする社会保障のシステムも必要だ。こうして制度的な整備に加え、家族や地域社会が暖かく見守るような社会が構築できれば、精神疾患患者はもちろん、様々な犯罪を防止することが可能になるのではないだろうか。

もちろん、相当理想論的な話であり、現実には、一朝一夕に進められるとは思えないが、最近のニュースでも精神疾患患者が野放しにされて、犯罪を犯してしまう事件が後を絶たない状況を考えれば、少しずつでもこうした取り組みを進めていく必要があるのではないだろうか。

 

・・・と、かなり熱くなってしまったが、この本は単なる「読み物」としても非常に面白く、「解離性同一性障害というものがどういうものか分かる」ということだけでも有意義な本だと思う。この後日談である「ビリー・ミリガンと23の棺」も発行されているので、次はこちらに取り掛かることとしよう。

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2007年12月26日 (水)

蟲師

今日は2週間ぶりの禁酒日だ。

本当は、会社の同僚と忘年会があったのだが、仕事がピークの状態になってしまい、さっき(0時過ぎ)帰ってきたところだ。

折角の年末なのに残念なことこの上ない。

 

「蟲師」(06年、日本)を観た。同名のコミックが原作で、オダギリジョー主演、江角マキコ、蒼井優なども出演している。

内容は、病気や不思議な現象の元となる「蟲(むし)」を研究する蟲師という仕事に就く少年時代の記憶の無い青年が、旅をしながら、様々な人々と触れ合う中で、自分の過去の記憶の秘密に徐々に近づいていくという話だ。

この映画を観ても、ほとんど理解が出来なかったことから、早速、原作を2~3巻読んでみたところ、なんとく、この物語の世界観が分かるとともに、映画が様々な要素をまとめて詰め込みすぎたために、全くストーリーにまとまりの無い結果となったことも確認できた。

 

原作自体は、(最後まで読んだわけではないが)蟲という神に近いような存在に近づくことは、素晴らしく甘美で、魅力的であるとともに、非常に危険で、益の無いことであるということを伝えようとしているように感じた。

作者は「蟲」という存在を通じて、自然や神秘的な存在に対する畏敬と共存を大切にすることの重要さを伝え、戦争や遺伝子操作など、神をも恐れぬ行為を繰り返す人類に警告を与えているのではないか。

 

そうした部分が、この映画ではほとんど描ききれておらず、最後も非常に唐突に終わるため、不条理感と中途半端な居心地の悪さだけが残った。

出演者は、力をいれて演技しており、撮り方自体も不可思議な情緒をそこはかとなく漂わせている。しかし、その努力が、ストーリーの稚拙さで壊されてしまっており、非常に残念だ。しかも、この内容で130分とは・・・長い!

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2007年12月11日 (火)

アルジャーノンに花束を

今日は禁酒日だ。

月末に向けて、夜の予定が埋まりつつある。徐々に体調が良くなってきているので、今週は少し大人しくして、年末~年明けに備えるとしよう。既にクリスマス、年末、年明けの酒も通販で手配したし。。。

 

ダニエル・キイス「心の鏡」(早川書房、99年11月)を読んだ。

これは「アルジャーノンに花束を」の中編小説版を含む7作からなる小説集だ。

ダニエル・キイスの作品は、この他に、「眠り姫」や「5番目のサリー」を読んだことがあるが、いずれも、精神や頭脳に問題を抱える人々の話が、生々しく、切実に描かれている。

この他にも、多重人格についてのノンフィクション「24人のビリーミリガン」や「クローディアの告白」などもあり、今後、私が絶対読みたいと思っている作品である。

 

本作では、心理学を中心に据えた作品の他に、まるで星新一のショートショートを読んでいるかのようなSFチックな物語が数多く用意されている。特にコンピューターが暴走を始める物語が、3作品含まれているが、いずれも1950年代後半から60年代前半に綴られたものであり、その想像性の豊かさには驚かされる。

 

「アルジャーノンに花束を」は、長編版も読んだ。

基本的には同じストーリーなので、経過と結論は同じである。少しずつ、知能が芽生え始める時期の高揚感、そしてそれまでの自分自身を知った時の羞恥感、そして自分の周囲の人々が皆愚かに感じる頃の孤独感、自分の先行きを知ることによる絶望感、そして終焉に向かう際の穏やかで儚い人生観と、ありえない話であるのに、まるで実際に起き得ることのように、それぞれの心理描写が鮮やかに描かれている。

 

私はこの物語が大好きだ。

「天才になるばかりが幸せではない」というメッセージは、まさに今の世の中に通じるメッセージだ。一流大学に出ることが幸せなのか、一流企業に勤めることが幸せなのか、人の笑いものになることが不幸せなのか、人よりも多くの知識を持つことが素晴らしいことなのか・・・この物語を読むと様々な疑問が湧いてくる。

 

ただ、疑問を持ちながらも、我々は生きていかなくてはいけない。

どんなに迷ったとしても、人を殺したり、自分を殺したり、そんな自暴自棄な人生に走らず、天才になる前のチャーリーや最後の場面でのチャーリーのように、どこかで報われると信じて、一日一日を大切に生きていくことが重要なのだ。。。そんなことを、この小説は伝えようとしているのではないだろうか。

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2007年12月 3日 (月)

ふぞろいな秘密

「ふぞろいな秘密」(日本、06年)を見た。

正直言って、ほとんど事前知識は無く、新作がディスカスに出ていたのと、なんとなく話題になってたなあとの記憶で借りたのだが、いや酷い映画だった。

 

玉置浩二さんとの不倫愛が中心に描かれているのだが、映画での玉置さんは、DVをふるい、石原真理子さんとの関係も半分は「安全地帯」の売名行為が目的だったというような感じだ。

少なくとも、私が安全地帯の曲が大好きだった頃は、全く石原さんとの関係なんて興味は無かったし、それで売名行為を図らなければならない程度の実力では無かったと思う。

 

なぜ、玉置さんは、この映画や元になった本を訴えなかったんだろうと思ってたら、今日買ったスポーツ紙で、玉置さんの3度目の離婚が報じられていた・・・なんてタイムリーな!

この映画も満更デフォルメだけではないということか。まあ私は安全地帯の音楽が好きなだけで、玉置さんがどんな性格でも関係は無いが、こんなにこと細かく、私生活を暴露されるなんて、男でも、女でもたまらないだろうなあ。芸能人も大変だ。

 

映画自体の出来としては、音楽も演技も脚本も非常に安っぽい作りで、全く評価に値しない。最初に見た印象は自動車免許教習所で見せられる教材ビデオかと思うほどだ。

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2007年11月30日 (金)

陰陽師

口内炎が出来た。

塩辛いものを食べると、傷を刺激してとても痛い。でも焼酎「くじらのボトル -綾紫-」を飲んだら、ちょっとだけ痛みが薄らいだ・・・やはり酒の力は偉大だ。

 

 

夢枕獏「陰陽師 夜光杯ノ巻」(文藝春秋、07年6月)を読んだ。

私はこのシリーズが大好きである。陰陽の力を使いこなす安倍晴明はもちろんだが、鬼から貰った笛「葉二」をはじめ、様々な楽器を操る源博雅の純朴さ、素直さが物語をしっかりと支えている。

 

今回の夜光杯の巻は、その博雅の笛が大活躍する。

このシリーズの最初の頃のような、恐ろしい妖怪や生霊による事件や闘いはあまり出てこないが、雅な世界の中で、人々に起こる様々な不可思議な現象を二人が淡々と解決していく様は、神秘的な自然界の姿を穏やかに描いており、読み終えた後に、爽やかで心地よい気持ちにさせてくれた。

 

「ゆくか」「ゆこう」という簡単な言葉の中に、晴明と博雅の絶大な信頼と友情が見て取れる。時々言い争うこともあるが、それも春の海のように緩やかなやりとりだ、あんな世界で私も酒を傾けながら、季節によって移り変わる庭の景色を眺めてみたい。

 

映画も2作目はあまり面白くなかったが、1作目は原作をできるだけ活かす形で作られており、違和感なく見ることができた。特に主役の二人は、イメージがぴったりと合っていたと思う。

 

夢枕獏の作品は、荒々しく、猥雑な作品も多いが、このシリーズだけは、このままの作風を保って、長く続けて欲しい。

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2007年11月16日 (金)

バツゲーム

今日はボジョレヌーボーの解禁日だ!

でも帰ってきたのが24時前だったので、流石にその時間から1本開けるのはキツく、今日は見送りだ。今日は焼酎(「くじらのボトル -綾紫-」、「三岳」)で潤した。

今年のボジョレーの感想はまた後日。

 

山田悠介「×ゲーム」(幻冬舎、04年8月)を読んだ。

ミステリースリラーというようなストーリー展開で、「小学校時代にいじめられていた少女が、大人になっていじめられていた相手に猟奇的な復讐を果たす」という内容だ。

 

最初は、なんて荒っぽい作りなんだろうと思ったし、展開の穴もいっぱいあるんだけど、この作家の作品はスピード感がある。「親指探し」は映画はひどかったけど、小説の方は最後まで緊張感のある見事なホラーだったし、「ライブ」は終わりの見えない展開が良かった。

 

ただし、この2作はどちらも最後の結末がちょっとヌルイなあと思ったのだが、「×ゲーム」では、しっかりと「落ち」が着いていた。発刊された順番は良く判らないが、本作は、この作家の作品の中でも良くできていると思う。

とにかく「次に何が起こるのだろうという」、その一点に的を絞った作りが秀逸で、ジンやテキーラをストレートで一気に飲んだようなインパクトがある。

ただ、どんなに刺激的なスピリッツでも、慣れてしまうと麻痺してしまうように、こうした作りの作品はいつか飽きが来るものだ。

私は3作品しか読んでいないので、まだ、刺激的に感じているが、他の作品が全てこの感じであれば、ちょっとがっかりだ。

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2007年11月15日 (木)

「孤独」

2 今日はキリンの「THE GOLD」を飲んだ。

最近のビールの中ではこれが一番好きだ。

その理由は、宿酔いの日に飲んでも美味しいと感じたから・・・

「隠し苦味」のサブネームの通り、重過ぎない苦味が、飲んだ後に若干残るのがいい。

 

吉村達也「孤独」(新潮文庫、01年1月)を読んだ。

ホラーとミステリーを織り交ぜた作品で、なかなか読みごたえがあった。

吉村氏の作品は、たぶんホラーはほとんど読んでいる。細かくは覚えていないが、極めて精緻に練り上げられており、質の悪いホラーにありがちな、怖さを煽ろうとしてストーリーが破綻したり、矛盾が生じたりという印象がほとんど無い。

 

本作も、よく考えたらありえない話なのだが、読み終えた直後は鏡に映った自分の姿に違和感を感じるほど、ゾクッとくる怖さを感じた。

あらすじは、「美人女優と結婚できることになった、平凡だが3歳の時に父親を殺したという過去を持つ男性が、その結婚の裏にある秘密に気付き、次第に狂気性を顕にし、最終的には悲劇的な結末を迎える」というものである。

物語はその終局から始まり、徐々にその真実が明らかになってくるという手法を用いている。。。

 

これだけだと、単なるミステリーのようであるが、この狂気性を導き出す原因として「鏡」が有効に使われており、その鏡にまつわる現象が「ホラー」仕立てとなっている。

最後の結論の場面は、やや強引なところもあるが、鏡の持つ神秘性については、なんとなく納得できる部分はある。誰でも、鏡に映る世界に違和感や恐怖を感じたことはあるのではないだろうか。

例えば、誰もいない、夜中の鏡の中に・・・

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2007年11月 7日 (水)

「武豊インタビュー集」

昨日は夜10時から飲みに出かけた。

ハイネケンとレッドアイ、ソルティドッグを飲んだところで終電となった。

ほとんど食べなかったので、大して飲んで無い割には結構酔っ払った。

残業上がりの酒は、楽しいが忙しない。やはり家でゆっくりと飲む酒が一番だ。

 

島田明宏「武豊インタビュー集 名馬篇」(廣済堂文庫、07年4月)を読んだ。

武豊騎手の20周年を記念して作られたインタビュー集で、この本と「勝負篇」が同時刊行された。

 

今回読んだ名馬篇は、武豊騎手がデビューして以降めぐりあった様々な名馬についての様々な印象や思い出、あるいは、それぞれの名馬で勝負に挑む前後のインタビューなどが綴られている。

 

メジロマックイーン、ナリタブライアン、ダンスインザダーク、スペシャルウィーク、アドマイヤベガ、ディープインパクト・・・それにしても、武豊騎手は本当に乗り馬に恵まれている。

それは彼の才能はもちろんだが、それを維持し、向上するための弛まぬ努力があってのものだろう。

20年ひとつの世界でトップに立ち続けるとはどんな気分だろうか。

最高の恍惚感と最高のプレッシャーを感じているのだろうか。私のような凡人には計り知れない世界だ。

羨ましいとも思うが、それはそれで大変な生活なんだろうなあ。

毎日気軽に飲んで、こうしてグダグダとブログを書いている生活も私は嫌いじゃない。

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2007年10月23日 (火)

夜回り先生の願いよとどけ!

今日は2週間ぶりの禁酒日だ。今から明日の解禁が待ち遠しい!

 

水谷修先生の「夜回り先生の願い」(サンクチュアリ出版、07年4月)を読んだ。

今回は、これまでの作品と異なり、「おとな」に語りかけてくれる。「いいんだよ」と。

 

子どもを残して出て行ってしまった母親、生徒を叱ることでしつけようとする教師、いじめが原因で引きこもる孤独な女性・・・いずれも、誰にでも起こりうる事態だが、一方で、平穏な間はそんな事態になることは想像もしないだろう。

そんな人々に対して、先生は優しく、毅然として語りかける。「過去のことはいいんだよ」「生きていてくれてありがとう」。

 

先生も人間だ、打算もあれば、怒りも、悩みもあるだろう。

それでも10年以上も同じように夜の町を回り、何人もの子どもを救ってきた。

悪く言う人もいるだろうし、賞賛する人もいるだろうが、どちらの側の人間にも共通しているのは、誰にも先生の真似はできないということだ。私もそうだが・・・

先生はこれ以上本は書かないそうだ。もう伝えるべきことは全て文字となったからだろう。

先生からのメッセージを活かすも殺すも私達しだいである。

明日からも、前だけを見て歩いていこう。

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2007年10月20日 (土)

白雪姫と毒リンゴ

「なぜ『白雪姫』は毒リンゴを食べたのか」(岩月謙司 氏、新潮社、2003) という本を読んだ。

 

概略を言うと、

世界の多くの人間は「幸せ恐怖症」にかかっている。幸せ恐怖症とは、親が子どもに嫉妬することで、子どもが親よりも幸せになることに恐怖を覚え、知らず知らずのうちに、幸せを避けてしまったり、破壊してしまったりする症状だ。

白雪姫も、実は幸せ恐怖症にかかっており、いかにも怪しいおばあさん(お母さん)に3回も殺されそうになるのは、あえて、幸せを壊すために受け入れたのである・・・

 

全体を通して、うなづける部分も多くあり、その克服法も納得のいく方法であった。

しかし、作者はこの「幸せ恐怖症」論に固執しており、自己卑下する人や、素直になれない人は皆、この症状にかかっているのだ!とでも言うような論調が目立つ。

しかし、こうした部分は、人間だれでも多かれ少なかれ持っている部分であり、そうした部分は全て、親の嫉妬が原因であるというのは言いすぎだ。

  

内容としては、非常に興味深く、考えさせられる部分も多いのですが、ほんの一握りの人しか該当しないような症状を、いかにも「誰でもかかっているのです」のごとく主張する作者に辟易してしまった。

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